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2016.03.30

ヘンリー・ナウ教授セミナー "Between Intervention and Isolation" 講演要旨

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)は2016年1月22日に、ジョージ・ワシントン大学のヘンリー・ナウ教授のセミナーを開催しました(モデレーター:栗原潤研究主幹)。

 これはナウ教授の同セミナーでの講演要旨です。



 米国はかつてほど強力ではなく、これはある程度意図されたものである。1945年以来、米国は実際に他の諸国が追いつき、米国の競争相手になるように手助けする政策を追求してきた。こうした諸国は自信を得て、世界経済に寄与してきた。米国内では、我々はもはや強固な同盟諸国なしでは世界をリードできないことを実感している。強固な同盟諸国の成長と発展の促進を支援するにあたっては、孤立主義政策と介入主義政策のはざまのダイナミクスを考慮する必要がある。


 これらの新たなダイナミクスに対応して、世界における米国の役割が変化している。米国は2001年9月11日に米国本土への攻撃により3,000人以上の命が奪われるという衝撃的事件を経験した。これは米国国民には大きな打撃だった。この結果、米国民は極めて攻撃的な外交政策、介入主義政策を支持した。米国はその脅威に軍事的に対応することを決意し、数カ月のうちにアフガニスタンのタリバン政権を退陣させることができた。この「オール・イン・アプローチ」は主として軍事介入に集中する傾向があり、そこでは軍事的成功を外交的成功に転換するための方策は十分に考えられていない。私は軍事的成功から外交的成功を導き出せなかったという点で、ブッシュ政権に対して非常に批判的である。ブッシュ政権には中東地域における一連の協定を締結する外交戦略が必要だった。その最も重要なものが核兵器をめぐるイランとの合意だった。2003年夏、同地域の事態の推移に脅威を感じたイランは実際に核問題に関して米国に接近してきた。米国はこの機会を無視したが、それは大きな判断ミスだった。米国はイランあるいはタリバンと核開発プログラムについて合意に達することができたはずだった。米国は2003年にも中東和平合意に乗り出すことができたかもしれない。しかしながら、米国はすでに状況が悪化してしまった2007年までそうしなかったのだ。...


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Between Intervention and Isolation(PDF:322KB)


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ヘンリー・ナウ教授セミナー "Between Intervention and Isolation"


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