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2015.07.27

日本とドイツ

  • 福井 俊彦
  • 理事長
    福井 俊彦

 私達の世代は、大学でドイツ語を学んだ者が多い。そして、日本人とドイツ人は何処か似通ったところがある、との印象を抱いている。
 第二次世界大戦の盟友という気持ちもあろうが、よりポジティヴに、質実剛健の気風を備えており、技術を磨いて工業立国・輸出立国を成し遂げたという共感が強い。1970年代後半には、日・独が先頭に立って世界経済を牽引すべし、という意味の「機関車論」が持て囃されたこともあった。
 しかしその一方で、何故こうも違うのか、と訝しく思う点があることも否定し得ない。
 一つは、戦後処理の過程で、ドイツはいわゆる歴史問題をクリアーしたと受け止められているのに対し、日本は今なおこの問題を引き摺って苦闘している。
 今一つは、財政や通貨の健全性の面で、ドイツは鷹派だが、日本においては財政規律への関心が比較的薄く、通貨についても「強い円」よりも「弱い円」を望む傾向が勝っている。
 前者については、ドイツは先進国の鬩ぎ合いの中にあり、歴史を直視しつつ、区切りをつけるべきところは明確につけないと一歩も前に進めない境遇に置かれていたのに対し、日本は戦後のある時期迄はアジアで唯一の先進国であり、その時点で日本と相手国との間で一応十分と認識されるレベルの区切りをつければ前に踏み出すことが可能であった。その反面、周辺諸国が力をつけて来ると問題が再燃し易い条件の下にある。今後とも、「歴史の延長線上に歴史を築く」という、将来へ向けて責任感に裏打ちされた真摯な姿勢が求められる所以であり、「過去のことは水に流す」という日本の美徳がかえって仇をなすことにならぬよう心を戒めてかからなければならない。
 後者は、経済の理屈の問題としては本来両者の間で差が出る筋合いのものではない。しかし、ドイツは、ビスマルクの力を借りて統一国家を実現(1871年)するまでに、止まること無き民族移動、度重なる戦争など幾多の試練を経ており、統一後も二度の世界大戦で苦杯を舐め、終には東西ドイツ分割の悲劇に遭遇している。その反射的効果として、せめて経済の面から国家に対する信認の基礎を崩してはならないとの国民心理が湧き出ているのではあるまいか。逆に日本は、万世一系の天皇の下で2,670年を超える長い歴史を記録している。第二次大戦に敗れ、連合国とりわけ米国の占領政策を受け入れたとはいえ、何とか国体は護持されたとの認識が支えとなって国の歴史に対する信仰が厚い。ここから「親方日の丸」(国が潰れる心配はなく、限りなく頼れる)の甘えが出て、皮肉にも財政や通貨に対する規律が緩みがちとなっていると推察される。
 しかし、今、日本に求められていることは、グローバル化の嵐の中で如何なる揺さぶりにも耐えつつ厳しい競争に勝ち抜くこと。そのためには、イノヴェーションを一層奮い起して経済の底力を強くすると同時に、財政の健全化を着実に進め、その締め括りとして、通貨に対する内外の信認を堅固に保つことが肝要である。それなくして不倒の歴史を更に伸ばすことは難しい。