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2012.08.07

ソヴリンリスク

  • 福井 俊彦
  • 理事長
    福井 俊彦

 欧米諸国は高水準の失業に悩んでいる。米国に於いては今年の初め頃まで失業率の緩やかな低下傾向が認められたが、その後下げ足が鈍り、今年7月の時点でなお8.3%と高止まっている。欧州(ユーロ圏)の失業率は、6月時点で11.2%とリーマンショック後最高の水準を更新している。その一つの背景として、経済・金融の行き過ぎ是正に伴うバランスシート調整の延引が指摘されている。とくにユーロ圏では、ギリシャの問題を発端としてソヴリンリスクの顕現化が重くのしかかっている。

 バランスシート調整については、1990年代以降の日本の経験が参考とされている。その要諦は、不良債権の認識→不良債権のマグニチュード測定→不良債権の減損・償却→損傷した資本の補填という一連のプロセスを淀みなく取り運ぶことであるが、ソヴリンデットについては必ずしも民間債務と同列には論じ難いところがある。とくに不良債権のマグニチュードについて、民間債務の場合は当該債務者が将来生み出すキャッシュフローの割引現在価値をベースとして測定されるが、ソヴリンデットの場合は元々キャッシュフローを生まない国が主体であるのでこのような測定は出来ない。その国の対外純資産や国内純貯蓄がどのように変動するか、経済や社会の運営に対する国民の信認に揺らぎはないか、これらを前提として政府の徴税能力がどこまで及ぶと考えられるかなど、かなり定性的な判断に依拠せざるを得ない。

 このため不良債権にかかるマーケットの評価も、民間債務に関しては段階的に厳しくなって行くのが通常の姿であるが、ソヴリンデットの場合は、一夜明けると急落するといった具合に不連続に変化するケースが多い。

 現在ユーロ圏において、国債に対する市場の評価が非常に高い国と非常に低い国と両極端に分かれているのも、こうしたソヴリンデットの持つ本来の性格の反映であろう。

 翻って、我が国の国債に対する市場の評価を見ると、今もって極めて高い水準にある。しかしながら、基礎的財政収支の動向や債務残高の対GDP比の推移などを見ると、我が国の財政は世界各国と比較してむしろ非常に良くない部類に属することが明らかである。マーケットがこのことを感知していない訳はないと思われる。一夜明けてマーケットが牙を剥く前に我々国民の一人ひとりがこの問題を真剣に受け止め、隙のない対応策を整えなければならない。

 現内閣は、消費税を10%まで引き上げるべく国民の理解を求める努力をしている。これは正しい方向に沿った動きだと考えられる。ただ、政府が発表している「経済財政の中長期試算」によれば、社会保障制度の改革などが不十分なままでは、消費税を10%まで引き上げても基礎的財政収支の改善目標達成はなお厳しい状況にあることが示唆されている。

 それが皆の実感となった段階で、消費税その他の増税が限りなく続くのではないかという不安が国民の脳裏を過ることとなろう。また、我が国の人口動態を前提とすると、現行社会保障制度の大枠を維持する限り若年層の負担が増え続ける。その上財政再建を強力に推し進めようとすると、この面からも若年層の負担が重くなり、世代間の不公平感が募る一方となってしまう。

 やはりここまで来ると、現内閣の提案を早く実現するとともに、その後休むことなく問題をさらに大きく捉え、受益と負担の公平性確保を軸に据えつつ、財政支出の総合的な見直しと税制・社会保障制度の抜本的な改革に乗り出すことが大切である。国の枠組み全体を再設計する構図が国民の前に示され、これが着実に実行に移されて行くようになれば、辛いけれども其処まで我慢すれば展望が拓けるのだと国民が確信を抱くようになり、経済成長のフロンティアは政府に頼らず民間部門のイニシアティヴで切り拓くという意識も強まって来るものと思われる。

 消費税や社会保障制度の問題を政争の具とするような、そういう時間的余裕は既に失われている。