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2015.03.10

原油市場はどこへ行く

  • 林良造
  • 理事・特別顧問
    林良造

 昨年末来の原油価格下落が、世界経済・安全保障に大きな影響を与えるものとして、注目を集めている。歴史をふり返ってみると乱高下自身珍しいわけではない。近いところではリーマンショック後の急落は極めて大幅なものであった。その中で今回の下落が注目を集めるのは、その要因が長期にわたって低価格時代に向かった30年前の逆オイルショックの状況に酷似していることにあると思われる。

 1973年の第一次石油ショックから逆オイルショックまでは、供給側が量・価格の主導権を持つ供給管理型の市場であった。第一次石油ショックは、巨大メジャーと資源国の激烈な争いの後、対イスラエル戦の武器として産油国が禁輸という形で石油を利用した政治・戦略製品型石油時代の幕開けとなった。そして、消費国首脳が石油の消費割り当てを取り合った東京サミットはそのピークであったといえよう。

 それが大きく変化したのが、83年の逆オイルショックであった。当時、省エネ技術が確立し石油利用の効率化が実績として現れ始めたこと、北海油田が長期的に相当量の石油を産出することが明らかになってきたこと、日本の成長率もはっきりと屈折し世界経済の成長の鈍化が明確になったことなどグローバルな需給要因の構造的変化が進行していた。他方、高油価体制の下での財政に慣れた高コスト産油国は長期的な減産に踏み切ることを拒否し、ついに、サウジが調節弁の役割を放棄したことで一気に均衡が崩れ価格は暴落した。そして、国際市場の出現、市場主導型価格形成の浸透、先物市場の整備などを通じて価格・需給の決定権は市場に移行し、その後15年に及ぶ低価格状態へとつながっていった。

 このような市場の力を見せつけたのが湾岸危機であった。イラクがクウェートに侵入して始まった湾岸危機は、鮮やかな軍事作戦と初めてIEAの知恵の集積、国際的共同備蓄放出で約半年の高価格状態は早期に終了した。途中では様々な主権国家の顔が垣間見られたが、第二次危機と全く異なったのは消費国が石油を取り合うのではなく国際市場を維持・活用することに共通の利益を見出したことであった。

 その後、2000年以降、世界経済の回復、中国の経済規模と成長が世界の需給に与える大きな影響、北海石油の生産の減少とOPEC依存度の再上昇など原油需給はタイト化し、世界的な金余り現象と合わせて、需給、金融両面での供給要因が主導する高価格化の条件がそろい原油価格は100ドルを超える水準が常態となっていた。

 今回の下落の背景には、自動車を含め石油利用の変化の認識が広がってきたこと、シェールガス・シェールオイルという新たな大きな供給源が確立したこと、そして、中国の成長軌道の変化、欧州の景気後退の長期化が見込まれること、など30年前の状況との類似点は極めて多い。そして、今回も、高コスト国の減産への抵抗、圧倒的な競争力のある巨大供給者ガリバーサウジの相当の決意が読み取れることを考え合わせると長期の市場主導型の低価格時代に移行したのかもしれない。

 とここまで書いたところで、アブドラ国王の死去が報じられた。非スデイリのクリーンな国王として20年にわたりサウジを率い、ナイミ石油大臣の後ろ盾として一時代を画した国王の死と、スデイリの良識派として知られたサルマン新国王の就任がまた新たな局面を開くことになるのかますます目が離せなくなった。