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2014.03.10

「世界」という視点

  • 林良造
  • 理事・特別顧問
    林良造

 毎年2月には、本業である大学の採点の時期がやってくる。私にとっては、この数十年の世界の変化を改めて感じる機会でもある。

 私が「世界」を初めて感じたのは、40年前の米国留学であった。そこでの「世界」を舞台にした米国人同士の知的ぶつかり、世界各国から集まっていた学生との少し気負ったような新鮮な交流、様々な形で世界とのつながりを作ってくれた大学の環境と教授連、そしてダイナミックな米国社会そのものが20代の私を圧倒した。この経験が、世界や日本の将来を考え続けさせ、日米貿易摩擦・経済構造改革への向きあい方、ケネディスクールでの教鞭へのチャレンジなど、自分自身のその後の40年の座標軸を形作っていった。

 40年たって、東京大学の公共政策大学院の設立に携わり、さらに国際プログラムの開始にも参画する機会をえた。そして、再び大変新鮮な気持ちで世界を感じることができている。今回の主役は、アジアからの若い友人である。講義をしているのは、「経済成長のための政策を考える枠組み」と「日米英の経済政策決定過程の比較」である。幸い毎年30人くらいの学生がアジア諸国を中心に世界各国から集まってくれる。ケネディスクールで一緒に講義をしてくれたRaymond Vernon教授が日頃言っていた「ケースを取り上げる時にも、個々のPlayerの面白さにではなく底流に流れている制度や構造が作り出す傾向に焦点を当てる」ことを思い出しつつ、双方向型の講義、ゲストスピーカー、プレゼンテーションを取り混ぜた形で進めている。毎年、回を追うごとにクラスは熱を帯びてくる。各国の生徒たちは最初は名前が覚えにくいが、半年たつと名前と顔が一致するようになり、個性の差や異なった形で表現される様々な熱意も伝わってくる。

 教育の本質上自国の状況について批判的にみることが要求されるが、はじめは少し抵抗がある生徒も多い。特に国を支えている自負がある途上国の政府の若手が多いせいもあって、少し気負ったところなど、昔の自分を思い出すことも多い。

 大学でこのような経験をする一方で、仕事でもアジアシフトが急速に進んでいる。東アジアサミットの前座のシンポジウムのスピーカーとして、あるいはASEANとの政府間会合の議長として、この数年で年に一度ならず多くのアジアの首都を訪れた。そこで親しくなった人々や目の当たりにする各国の現状・熱気・変化の速さと、授業で生徒から教えられる側面とで、多くの国が立体的に顔のあるものとして理解できるようになってくる。

 さて、このようにわくわくする出会いを提供してくれた授業が毎年2回区切りを迎える。

 彼らが提出するタームペーパーには、私が伝えられたものとともに未知の世界が描かれている。それらに目を通しながら、改めて自分が得たものを反芻し現れつつある世界を実感する時である。

 他方で、40年前を思い出しつつ、日本という場が、彼らにわくわくするような知的興奮やあこがれを抱くような社会を提示できているか、彼らに世界の未来につながる手がかり足がかりを提供できているか、また、彼らが数十年たってあの経験・環境が自分の生涯の方向を決めたと誇りを持って振り返ってくれるだろうか、と自問する時でもある。