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2013.06.18

欧州雑感

  • 林良造
  • 理事・特別顧問
    林良造

1. 数週間前にポルトガルで欧州企業の国際諮問委員会が行われた。ポルトガルは今回の欧州経済危機に最初に見舞われた国の一つであり、未だ再建途上である。町はイスラム圏の文化も混ざった明るい南欧の国で、観光客も多く深刻な不況に直面しているようには見えない。南欧の失業の問題点はそれなりに働いており生活に困っているわけではないことだというコメントが耳に残る南欧特有の失業社会であった。
 今回のメインテーマは、「欧州の将来」であった。Euro圏は経済的に立ち直るのか、欧州が政治的にも世界の中心的な地位を占めることができるのか、政治的、経済的に欧州に期待される役割は何か、そのような欧州は現在の金融危機のさなかで苦しむ欧州からどのようなプロセスを経て実現できるのかなどについて、欧州各国のほか、米国・南米、アジア、中東、主要新興国などから各界の論客が参画し大変活発な議論が行われた。その中で欧州の門外漢として興味を引かれた点をご紹介したい。


2. 第一が、現在の欧州の金融危機について、いまもユーロの崩壊と隣り合わせのような緊張感が漂っていると同時に、具体的処理の複雑さは十分に消化されていないようなアンバランスな感じである。前段については、Euroを一人で支える側に回った感のあるドイツとそれ以外の国民との深刻さに関する認識の大きなずれ、Euroを崩壊させないという政治決断を支える主要国のトップレベルでの足並みの乱れ、その実行に際し通らざるを得ないブラッセルの官僚制とのぶつかりから欧州の指導層には日々の緊張感として感じられるのであろう。


3. 後段は、とりあえずの再出発までに必要な時間の感覚にあらわれている。大きな原因構造、第一段階としてやるべきことはかなり整理されている。Euro導入後賃金はドイツでは生産性上昇の範囲内にとどまってきた反面、南欧諸国を中心に上昇を続け、一方、国債の各国間のスプレッドはEuro導入後一時はゼロになっていたことからもわかるように、今回の危機の根本原因は、ユーロ統合移行の南欧の諸国の生産性を上回る賃金とドイツの信用力を裏打ちとした安易な借り入れにある点はデータ上も明らかになっている。また南欧における、異常な若年失業率の高さが労働市場に長期的な悪影響をもたらすとの危機感も共有されている。そして、金融機能の回復には、金融機関の監督体制の一元化や、各国の財政規律についてもう一歩踏み込んだ透明性・監視・是正措置の仕組みづくりが不可欠であることについても共通の理解となっている。

 しかし、日本の1990年以降の経験を重ね合わせてみると、このような金融機能正常化の条件整備は経済活動全体が回転を再開するための第一歩にすぎない。金融機関側の準備と合わせて、各国の金融機関が融資している「経済的には価値を生み出していないが社会秩序の一部となってしまっているゾンビ」からの諸資源の移動が必要となる。また、不良債権の拡大につながった制度的弱さ、資源の再流動化を阻んだ硬直性を是正していくことも必要になる。このプロセスで整理される側の抵抗は大きく、是正されるべき制度に絡む権益が大きいほど抵抗も大きい。また、これは、疑心暗鬼の状況にある多数の当事者の複雑な関係式を同時並行的に解いていくようなもので、一国のなかですら容易ではなかった。ましてや、17カ国それぞれが足並みをそろえて改革を進め、取引当事者の相互信頼を再構築するのは至難の業であり、それには、強い危機感と政治的求心力が必要とされる。そして、何よりも、グローバルに低利の余剰資金が動き回っている状況では健全化が遅れればどこかでバブルやその崩壊・金融危機が起こりかねず、さらに回復の足が引っ張られることとなる。このように考えると、欧州が、第一段階をスムーズに収束させることは簡単ではない。

 第二は、当面の処理が終わった後、欧州経済の長期的な成長を可能にするための構造改革についてである。欧州経済の回復を担うのは、グローバル競争の中で勝ち抜ける欧州企業である。これは単に企業の経営力ではなく、そのような企業が欧州に根付き育っていくような経済環境を整えられるかによる。構造改革の遅れが日本の経済停滞を長期化させた大きな要因であるように、新興国を始め世界で制度革新が進んでいるときには改革の遅れは致命的になる。
 従来のように単純な参加国の拡大による需要増に頼る成長政策は、今回そのとが表れた様にもうとりえない。また、このようなときに、ドイツ企業から主張されるのが、他の諸国も厳しい競争にさらされる製造業に復帰すべきとの論調である。しかしながら当然のこととして多様な経済こそが総合的経済力・競争力の源泉であり、それは可能でもなく賢いやり方でもない。
 やはり基本に戻って欧州市場自身を護られ分断された市場から実質的な統一競争市場にすることから始めるしかない。そのような巨大競争市場は、企業の競争力を鍛え、創意工夫を引き出す絶好の場となる。また、資本市場、労働市場についても、その硬直性を打破し、大きな統一市場の中で適材適所に流れていくように環境を整えることで欧州企業の競争力を持続可能なものとする。これにより、各国間の構造的格差が定着・拡大することを防ぐこともできる。そして、欧州企業・欧州経済の将来に明るさが見えてくることにより、事業者、消費者の心理をイノベーション志向、リスク志向に変えることが可能になる。

 しかしながら、これらの改革を現在の欧州の政治状況の中で実現することは容易ではないようである。現在の欧州の状況は、それぞれの国民が異なった嗜好を示す中での政治的リーダーシップがいかに難しいものであるかを示している。改革に向けて牽引する役割はドイツが主導するしか仕方がないとの雰囲気は感じられたが、日本から第三者的にみるようにユーロという通貨のおかげでマルク高による苦しみを逃れてきたので当然だというような雰囲気ではない。他方、フランスの新政権の解雇制限・労働者保護の強化に対しては、危うくなっているフランス経済をさらに弱くするのみならず欧州の改革を遅らせるものとの批判は強い。その一方で最近ドイツの改革のテンポが遅れているとのOECDの報告も現れている。規制改革やマインドセットの改善には、指導者が乗り越えるべき障害を特定し、その克服能力と意思があることを示し、克服した後に明るい将来があることを確信させることが必要である。この難しいリーダーシップを補完する役割が期待されるのは、強力な経済とのFTAのように思われる。FTAは、成長市場に参画する方策として語られることが多いが、特に米欧のFTAは現在の欧州の硬直性を打破する方策としてみると極めて強力な手段となる。


4. このリーダーシップの問題をさらに複雑にしているのが、欧州の国際政治における復権への思いの強さである。政治的には、冷戦構造の終結以来、米国に対抗する国際的な力を持つ欧州を目指して拡大してきたが、いまやアジアの台頭の前に、米中関係が国際政治の基軸になることへの焦りが基本にあり、欧州の統一政治機構作りもそのコンテクストで語られることも多い。
 米国からの参加者も欧州の影響力の限界は否定しない。ただ、これは世界のバランスをとる力としての欧州の重要性を否定するものではなく、特に、国際政治に関する様々な経験や智慧(ちえ)の集積地としての役割は他に代えがたいものがある。政治的文化的に強力な欧州は、中東からも、中国からも期待は大きい。そして、そのような、総合力を持つ欧州共同体を考えるときには、欧州はその歴史的体験から、内容の適否とは別に、ドイツ単独のリーダーシップでは納得できない要素を持っているようだ。