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2016.09.01

経済モデルのユーザーとして思うこと

  • 須田 美矢子
  • 特別顧問
    須田 美矢子

 2012年末に再登板した安倍政権は、デフレからの早期脱却と日本経済再生のため、金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略からなる三本の矢を放った。矢を三本束ねることで効果がより発揮されるとしたが、最重要視されたのは第一の矢の金融緩和政策だった。その支持者が経済モデルとしてしばしば持ち出したのが、通貨安効果を重視するマンデル=フレミングモデルだ。

 しかし異次元緩和と称されるほどの強力な金融緩和にもかかわらず、経済・物価の動きは鈍く、第一の矢を重視していた者を失望させた。そのような場合、緩和が足りないからというのが常であったが、「もっと緩和を」との声は小さく、8%への消費税増税を犯人とし、次第に財政政策の必要性を主張し始めた。

 安倍首相も10%への消費税増税を再延期し、アベノミクスのエンジンを全開するとして参議院選に臨み、選挙後すぐに経済対策に取りかかった。第二の矢である機動的な財政政策の重視という意味で、アベノミクスの金融財政政策の位置づけは変わった。当然ながら、財政政策は通貨高効果で無効だとするマンデル=フレミングモデルへの言及はなくなった。

 そもそもマンデルは、小国、完全資本移動性、不完全雇用の仮定が妥当であったカナダで政策を議論するためにこのモデルを構築した。それをそのまま現在の日本に当てはめることには元々無理があった。

 政策を議論するときには価値判断が入り、お互い相容れないこともあるが、各人が持つ経済を見る「ものさし」―シンプルな経済モデル―の妥当性は議論可能だ。モデルのユーザーは、シンプルなモデルでは現実をうまく説明できない場合には、モデルの前提条件のどこが問題かを検討することが必要だ。

 金融政策の重要性を主張していた者が、今日では財政政策の重要性を指摘していることに対して、節操がないとのコメントが聞かれる。それは主張が変わった理由を明確に説明できていないからだ。

 金融政策でデフレを解消できると日銀を批判していたクルーグマンは、インフレ期待のコントロールの難しさを認め、また日本の低成長の持続性について認識を改め、財政政策重視に舵を切った。クルーグマンの議論には納得しない点も多いが、自分の考え方の現実妥当性に疑念が生じたときにその前提条件を修正した上で、考えを変えている点は見習う必要がある。

 黒田日銀総裁は最近の講演で、インフレ予想を物価目標にアンカーさせることが理論モデルのようにいかないと指摘しているが、政策運営に携わると、シンプルな期待理論が現実的ではないことはすぐわかる。最近は行動心理学への関心も高まっているし、理論モデルでは扱いにくい信認という重要な問題もある。政策担当者としては、理論家に現実に近づいてもらうだけでなく、自らが念頭に置くモデルの前提条件の現実妥当性を吟味し、また、将来不安などの心理要因や政府・日銀の信認への影響も考慮に入れ、自分なりに応用問題を解いて、それを参考として用いることが望まれる。

 モデルユーザーのこのような姿勢があってこそ、現実経済の分析に役立つモデルの構築が容易になり、政策論の発展にも資する。政策論でいいたいことがまずあって、それに合うモデルを選択し、主張が変われば別のモデルに乗り換えるようでは、政策論は深まらない。