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2014.09.02

切り札は為替レートの安定化

  • 須田 美矢子
  • 特別顧問
    須田 美矢子

 現在日本の物価上昇率は1%台前半だが、今後2%の物価目標に向かうかどうか正念場を迎えつつある。日銀は2015年度の2%達成に自信を示しているが、国債買入減額など引き締め方向への政策変更が市場や政府関係者の視野にしっかり入っているようには思えない。その背景には、2%到達後も「安定的に持続するために必要な時点まで」という量的・質的金融緩和継続の条件が明確でないなど出口論が封印されていることや、日銀の大量国債購入で市場から警戒信号が出なくなり国債消化に対する危機感が後退していることもあるが、主因は日銀の2%達成シナリオに懐疑的な見方が多いことだ。
 ただ、財政のマネーファイナンスが続くと、いずれ物価上昇率が高まる。物価安定目標が達成されれば、信頼に足る財政再建計画が出来ていなくても日銀は引き締めへ舵を切ろうとするだろうが、「国民経済の健全な発展に資する」という金融政策の究極の目的やもう一つの目標の「金融システムの安定」を考慮に入れるとそう簡単にはいかない。財政再建へ動き出していない限り、2%目標よりも高いインフレ率を許容せざるを得なくなる可能性が高い。
 今次金融危機を経て財政再建は一層困難となり、財政改善策として高インフレを許容すべきとの議論が海外でも台頭している。ゼロ金利制約を避けるため物価目標を4%にすべきという議論もある。日本でも財政問題への本格的な取り組みが後回しにされている中、物価目標達成に近づけば、2%を引き上げるべきとの声が大きくなろう。
 物価目標引き上げ論にはバーナンキFRB議長(当時)をはじめ多くの中央銀行総裁が明確に反対したが、その主たる理由は物価目標が金融政策のアンカー(錨)として機能しなくなるからだ。
 金融政策のアンカーは、戦後構築された固定レート制(アジャスタブル・ペッグ)のもとでは、平価の維持であった。変動レート移行後、金融政策には緩和バイアスがあるとの理解が進む中、新たなアンカーとして台頭したのがターゲットとしての物価数値の設定だ。
 しかし物価目標が上方に変更されるようだと目標達成を約束しても金融政策の節度は働かないことになる。そのような状況を回避するためにはその根本原因である財政節度へ圧力をかけ続けることが必要だ。本来は国債市場の警戒警報にそれを委ねたいが、その機能が失われている今、頼れるのは為替市場であり、大幅な円安は許容しないという姿勢が重要だ。つまり、切り札は為替レートの安定化だ。
 先進国間で共通である物価安定目標が達成されるのであれば、長期的には名目為替レートは安定化する。そこで為替レートの安定化を約束することは国内に大きな犠牲を生じさせるものではない。為替レートの安定化は企業が求めていることでもある。それは金融緩和に歯止めをかけ、円安と物価上昇の悪循環を回避させる。
 このような対応は、かつて経済物価の優等生であったドイツマルクに自国通貨を紐づけて経済物価の立て直しを図った欧州諸国の考え方と同様であり、自力で国を統治できないことを示唆する。このような状況に陥りたくないが、現在はその方向に向かっているように思えてならない。