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2014.05.15

原子力の将来に漂う不透明性

  • 澤 昭裕
  • リサーチ・オーガナイザー
    澤 昭裕

 資源に恵まれない日本のエネルギー政策にとって、原子力は将来とも必要不可欠な要素であり、その選択肢を軽々しく放棄すべきではない。しかし、原子力の維持に向けてのハードルは極めて高い。


 第一に政治的不透明性だ。

 原子力の平和利用に乗り出すことを決めた1950年代に比べれば、原子力についての政治的な支持は風化している。福島第一原発事故を経た今、原子力はそれでも日本の国益・国力にとって「特別に重要だ」という政治的なコンセンサスを再構築することは相当困難だろう。原子力を将来の政策オプションとして維持しようとするだけでも、多くの政治的資産を費やす必要があるのが現状だ。果たして、日本の将来のためにその仕事を請け負う気概のある政治家はいるだろうか。


 第二の政策的不透明性は、電力自由化との関係で原子力をどう位置づけていくのか、まだ見えないことだ。

 従来の電気事業法下では、大手電力会社は法的に供給義務を課されており、その義務を果たすために必要な電力設備投資を行うことが求められてきた。仮にその投資コストを確実に回収できなければ、ファイナンスが滞って供給設備が不足する危険があるため、総括原価主義による料金規制などによってその回収を担保するという仕組みが用意されてきたのだ。

 一方、現在進行中の電力自由化は、市場に需給調整を任せる、すなわち価格形成を規制から開放するということがその本質だ。こうした新たな制度環境下では、投資回収リスクは飛躍的に大きくなることは避けられない。そのため、大きな初期固定投資を必要とする発電所建設のためのファイナンス可能性は、これまでよりも圧倒的に不確実なものとなる。

 原子力の位置づけはどうなるのか。これまで「国策」と言われてきたが、電力自由化時代の訪れとともに、競争市場における競争的電源に位置づけるのか。それとも再生可能エネルギーと同様に、エネルギー安全保障、温暖化対策、技術の特異性などいろいろな意味での国の政策的な位置づけを強く与えることで、原子力を従来通りの規制的な環境に残したうえで、そのリプレースや新設に当たってのファイナンスを確実にするような措置をとっていくのか。この点に関する議論を正面から行うべき時期が来ている。


 第三は規制的不透明性の問題だ。

 原子力規制委員会の役割は、原子力施設を廃止に追い込んだり、稼働を阻むことにあるわけではない。安全に稼働するための条件を確立し、事業者による遵守を検証していくことが本務なのだ。

 原子力の事業リスクを低減するためには、規制活動の予測可能性が不可欠だが、原子力規制委員会のこれまでの規制活動を見ていると、諸手続の不透明性や不確定性、判断基準のぶれ、審査・審議記録の不全などが目立つ。規制活動はあくまで科学的・工学的な視点から客観的に行われるべきであり、被規制者側が「恭順の意」を示すかどうかで、規制者側の判断が左右されるなどといった旧時代的な規制活動などはあってはならない。

 これからの原子力政策は、これら全体を視野に入れた総合的な解決策を必要としている。