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2018.06.22

「1953年体制」終わりの始まり

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2018年6月21日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 米朝首脳会談から1週間過ぎた。今も内外では同会談の意義につき侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が続く。果たして米朝の新たな動きは東アジアにさらなる安定をもたらすか、逆にその安定を揺るがすのか。今回のテーマは1953年体制だ。

 米朝首脳会談の評価は良くても功罪相半ばだ。ボクシングに例えれば、第1ラウンドは北朝鮮の粘り勝ち。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は非核化で譲歩せず、国際的認知と体制の保証を得たのだから当然だ。だが、第2ラウンド以降は未知数。朝鮮半島の非核化につき楽観論者は「北朝鮮も理解している」と胸を張るが、その定義や手法につき米朝間に合意はない。鳴り物入りの首脳会談だったが、どうやらトランプ氏は「交渉」よりも「興行」の達人らしい。

 短期的結果も重要だが、同時に米朝首脳会談が持つ中長期的意義を過小評価すべきではない。ここで筆者が注目するのは65年前の朝鮮戦争休戦協定だ。朝鮮国連軍、朝鮮人民軍、中国義勇軍の司令官が署名したこの合意は朝鮮半島分断を固定化しつつも、そこで生まれた安定が日本の戦後復興、韓国の漢江の奇跡、中国の改革開放を可能にした。筆者が1953年体制と呼ぶこの安定の枠組みは、今日までこの地域の平和と安定を支えてきたのである。

 問題はこれからだ。年初から始まった南北朝鮮・米国主導の新たな動きは、良きにつけあしきにつけ、1953年に出来上がった枠組みを不可逆的に変化させる可能性があり、トランプ氏も金正恩氏も意図しない政治的変化をもたらすかもしれない。これが今の筆者の問題意識である。

 1953年体制の先行きは不透明。米朝首脳会談の結果は不愉快だが誰も否定できない2つの現実を反映しているからだ。1つは北朝鮮の核保有が既成事実化しつつあること。もう1つはこれに対し軍事的解決が難しいことだ。

 金氏はこれからロシアなど米中韓以外の首脳と会い始め、いずれは日本とも接触するだろう。その中でトランプ氏は安易に米韓合同軍事演習中止や在韓米軍撤退に言及する。1953年体制が僅かずつではあるが確実に変質し始める可能性をトランプ氏は理解していない。彼は同盟による安全保障よりも、彼自身の自己愛と内政上の利益を優先するからだろう。

 仮に1953年体制の終わりが始まったとすれば、今後何が起きるのか。トランプ氏のおかげで、日本はこれまで考えずに済んだ安全保障政策を真剣に考えざるを得なくなるかもしれない。最後に筆者の見立てを書いておこう。

 1980年代初頭、欧州ではソ連の中距離核ミサイル配備をめぐり大論争が起きた。米国は同盟国を守るためにワシントンを犠牲にするか。デカプリング(切り離し)と呼ばれる米国の核の傘の有効性の議論だ。この35年前の古い話が今後は北朝鮮の核をめぐり東アジアでも問題化する。

 万一北朝鮮の核武装が既成事実化すれば、日本では非核3原則の見直し議論が始まるだろう。その時日本国民は核ミサイルを積んだ米原潜の寄港を歓迎するか、さらには米国の戦術核ミサイルの日本配備を受け入れるだろうか。

 日本自身が核兵器を持つか否かの議論も一部で始まるだろう。結論を急げば、国民が核全般に特別の感情を持ち、かつ戦略的縦深の浅い日本が本格核武装する利益は乏しい。軍事的、経済的にはもちろん、政治的にも「唯一の被爆国」の地位を捨て、周辺諸国と築き上げてきた関係を破壊するこの選択肢の利益は乏しい。

 以上は、万一1953年体制が風化していけば、間違いなく日本が議論せざるを得なくなる問題のごく一部だ。考えられないことを考えるべき時がついに来た。これこそ米朝首脳会談が日本に突き付けた宿題である。

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