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2017.11.01

「一瞬の判断ミス」で・・・

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年10月26日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 この原稿はウクライナのキエフで書いている。今回は英国の2大王立シンクタンクで講演の機会を得た後、念願かなってルーマニアを回りウクライナに来た。それにしても、欧州から見える日本は若干実態とは異なるようだ。

 当然だが、どの国でも日本の総選挙への関心は低い。ウクライナで見たCNNやBBCは自公与党の地滑り的勝利を淡々と報じていた。今回ほど読み間違いの多い選挙も珍しいので日本では大騒ぎだろうが、外からは与党の順当勝ちにしか見えない。

 さらに気の毒なのは、突然の解散と新党結党で「一瞬の判断」を迫られた落選議員たちだ。改めて政界は「一寸先は闇」という格言を思いだすが、こうした彼らの判断ミスを一体誰がとがめられるだろう。

 一瞬の判断ミスの恐ろしさは欧州政治も同様だ。英国は民主的手続きで欧州連合(EU)離脱を決めたが、国民投票に訴えたのはキャメロン前首相最大の判断ミスだった。続くメイ首相も権力基盤の強化のため突如解散総選挙に打って出たが、結果は逆効果となった。

 英国がEU離脱で悪戦苦闘する中、ルーマニアは2004年以降EUと北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、米国との同盟関係を着々と強化しつつある。そのルーマニアも第二次大戦勃発直後は、当初勢いのあったナチス・ドイツを支持したが、形勢が変わると逆にソ連に寝返った。この一瞬の判断ミスの結果、戦後は国連憲章の「敵国条項」対象国となり、結局ソ連の圧力でルーマニア王国は共産化されてしまう。

 話をウクライナに戻そう。キエフは東スラブの古都であり、ロシア諸都市の母と呼ばれた。10世紀末にギリシャ正教化して以降、政治、経済、文化の中心として栄えたが、同地域には歴史上3つの敵がいた。第1は13世紀のモンゴル帝国、第2は14世紀のリトアニア・ポーランド帝国というカトリック勢力であり、最後で最も強力なのが18世紀以降のロシア帝国だ。

 ウクライナの最大の問題はこうした歴史的経緯もあり、国民国家としての自覚がいまだ確立していないことだ。そもそも歴史上最終かつ最強の敵であるロシアとの関係は実に微妙。今回市内を案内してくれた現地人ガイドによれば、スターリン時代の飢餓によるジェノサイド、第二次大戦時の独ソ密約と国土分割占領、チェルノブイリ事故は20世紀ウクライナの3大災難だという。さらに、ロシアには2014年にクリミア半島を占領され、その後も東部領土を蹂躙(じゅうりん)されている。それでも多くのウクライナ人にとってロシアは文化的、宗教的に兄弟であるらしい。ウクライナという民族を自覚し、ロシアを強く敵視し始めたのはつい最近のことのようだ。

 このウクライナでは今、壮大な実験が行われている。ロシアの「力による現状変更」という脅威にさらされる中、ウクライナが西側諸国や国際通貨基金(IMF)などと協力しつつ、対外債務や汚職腐敗問題に本格的に取り組み始めたのだ。ここで特記すべきはウクライナがEUではなく、G7を重視し始めたことだろう。きっかけはドイツのメルケル首相の提唱らしい。こうなれば日本にも出番がある。それどころか、ウクライナには今「G7サポートグループ」が設置され、日本を含む7カ国の大使が同国政府首脳との対話を積極的に進めているらしい。日本も見えないところで意外に頑張っているのである。

 こうした努力にもかかわらず、ウクライナのEU、NATOへの加盟は難しい。ポロシェンコ大統領が粘り強く対欧州統合を進めていけるか、それとも対露関係での「一瞬の判断ミス」により再びロシアの暴走を招くのか。この国の安定は日露関係に直結する。日本の対ウクライナ支援には戦略的意味があるのだ。

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