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2017.06.14

「歴史は韻を踏む」か パリ協定

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2017年6月8日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 自国の理想高き大統領が自ら推進した国際的枠組みだったにもかかわらず、米国は結局不参加を表明した▽参加反対派は国際主義を忌み嫌う米国一国主義者で、参加しても米国の利益が害されるのみと主張した▽参加反対論の裏には共和党有力政治家の民主党大統領に対する個人的確執や意見の相違があった...。

 米トランプ政権による地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱に至る背景のことかって?

 いや、冒頭に挙げたのは第一次大戦中に当時のウィルソン米大統領が提唱し、1919年6月、戦後のベルサイユ講和条約で規定されながら、最終的に米国が参加しなかった国際連盟のことだ。

 パリ協定と国際連盟は時代も国際環境も異なる別個の事件だが、筆者は「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という英語の格言を思い出した。

 パリ協定と国際連盟、確かに両者には韻を踏む部分が少なくない。例えば、国際連盟の提唱者はウィルソン米大統領、パリ協定の生みの親はオバマ大統領だったが、いずれも国内の反対派に巻き返された。国際連盟反対論も、パリ協定離脱論も、その源はモンロー宣言以来の米国の伝統的な「海外の対立に巻き込まれたくない」という内向きの孤立主義にあった。民主党ウィルソン大統領の政敵は、共和党ロッジ上院外交委員長だったが、共和党トランプ氏も民主党オバマ外交を徹底的に毛嫌いしてきた。

 いずれにせよ、再びトランプ砲が炸裂してしまった。米国がパリ協定離脱を正式に表明し、長年地球温暖化問題に取り組んできた欧州諸国から厳しい批判の声が上がった。それだけではない。米国内でも民主党関係者に加え、共和党の一部にすら反発が広がっている。離脱反対派の主張はおおむね次の通りだ。


●今回の誤った決定は米国と世界にとって重大かつ不可逆的な悪影響をもたらす。

●パリ協定の削減目標は各国が自ら定めるもので、米国の主権は害されていない。

●パリ協定は米国に、失業ではなく21世紀の環境産業と新たな就業者をもたらす。

●科学者、経済学者は米国人と子孫に対する温暖化の破滅的結果を警告している。

●今回の決定で世界での米国の指導力が低下し、その空白は中国が埋めるだろう。

●米国で発展すべき産業が中国に移転し、世界はもはや米国を信用しなくなる。


 対するトランプ政権側の反論にはあまり説得力がない。ホワイトハウス高官2人が連名でこう書いている。


●世界はグローバルな社会ではなく、国家、非国家、企業が覇を競う場である。

●トランプ政権はこの場に比類なき軍事・政治・経済・文化・倫理的な力を投入する。

●われわれは国際関係の基本的要素を否定するのではなく、それらを擁護している。


 筆者には温暖化の真偽を判断できる科学的知見がない。今の国際関係は「地球温暖化」理論が正しいという前提で成り立っている。細かいことはその道の専門家に任せたい。筆者の関心事は唯一、米国のパリ協定離脱により、1世紀前の国際連盟不参加と同様、国際安全保障情勢が混乱・不安定化する恐れはないか、という点だ。1919年7月、ベルサイユから帰国したウィルソン大統領は「今や米国が国際的に孤立することは許されず、集団的安全保障の枠組みに参加するのは米国の責任であり崇高な義務だ」と説いた。第二次大戦の勃発を考えれば彼は実に正しかった。だが、米国内に支持者は少なかった。

 トランプ政権が続き、このまま米国の国際的信頼が風化し始めれば70年続いた国際的安定も風化しかねない。この点で、歴史に韻を踏まれては困るのだ。トランプ氏に鈴を付けるのは一体誰なのか。

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