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2016.11.29

過大評価されている「駆け付け警護」任務付与

  • 本多 倫彬
  • 研究員
    本多 倫彬
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 南スーダンで展開する国連PKO、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に、駆け付け警護任務を新たに付与された陸上自衛隊の派遣が始まった。


 国際平和協力の歴史から見ると、ようやくここまできたという感がある。「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書(2014年5月)でも示されたように、そもそも国連PKOに派遣中の部隊による「駆け付け警護」は、その対象が他国の部隊であろうと文民であろうと、日本国憲法の禁ずる「武力の行使」とは到底考えられない。同報告書でも、駆け付け警護には憲法上の制約はないとした上で、今日のPKOで治安維持や文民の保護が重要視されていることに鑑み、駆け付け警護のレベルを越えた武器の使用が必要な業務を実施すべきことまで踏み込んで提言されていた。


 駆け付け警護は、できて当たり前な任務、やや単純化して言えば、襲われている仲間や市民を見捨てないための権限を与える処置に過ぎない。その意味で今回の任務付与は、たしかに大きな一歩ではあるのだが、そういう事態が発生した場合に、文字どおり駆け付けるためのものであって、それ自体を目的に派遣するような性質のものでもない。


 さらに、政府自身が再三にわたって強調するように、とくに施設部隊(工兵部隊)を中心に派遣している自衛隊にとって、駆け付け警護はその発生がほとんど想定されない任務でもある。たとえば避難できないままに騒乱下に孤立した国連の職員などが、近くに救援を求められる相手が自衛隊しかおらず、自衛隊に対して緊急救援を要請するような、そういう事態に限られる。もちろん、派遣されている工兵部隊は他国の歩兵部隊などと共同で直接戦闘を担うこともない。したがって、ここに至るまでの駆け付け警護の大仰な扱いは、国際平和協力をみてきた者にとっては、なぜこれほど騒ぐことなのか、奇異な印象さえ受けるものだった。


 駆け付け警護がこれほどの「問題」と化した要因には、一つには南スーダン情勢の悪化がある。2016年7月の南スーダンの治安情勢悪化のさい、孤立したJICA関係者らに対して、わずか数キロメートルの距離の警護や輸送を行えなかったことは、多くの人々に自衛隊の駆け付け警護に係る不備とその必要性とを感じさせるものとなった。


 他方、同時に露わになった南スーダンの不安定な情勢、危険な現地の状況から、そもそも自衛隊がそのような場所に派遣されていることそのものへの疑義が提示されるようになった。既に派遣されている部隊に対し、それ自体が目的でもなく、またほとんど実施されることはないと思われる任務の付与を行うことは、現地の危険な状況を鑑み、にわかに大問題と化したのである。この結果、繰り広げられたのは「現在の南スーダンが内戦状態かどうか」を巡る不毛な論争だった。


 この間の「駆け付け警護」批判側の無理解はひどいものだった。しかし、堂々巡りの論争となったそもそもの要因は、駆け付け警護が平和安保法制の中で、集団的自衛権行使容認の必要性の事例と並ぶ検討課題に位置付けられていたことにあるだろう。すなわち、検討の必要な四類型の一つとして、2007年の安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会で示されたことにまでさかのぼる。当時、駆け付け警護について安倍総理は、以下の問題提起を行った。



第一に、国際的な平和活動における武器使用の問題である。

例えば、同じPKO等の活動に従事している他国の部隊又は

隊員が攻撃を受けている場合に、その部隊又は隊員を救援

するため、その場所まで駆けつけて要すれば武器を使用して

仲間を助けることは当然可能とされている。我が国の要員

だけそれはできないという状況が生じてよいのか。



 こうした位置付けをされてきた以上、平和安保法制に反対する側からすれば、駆け付け警護任務付与の是非は、憲法改正までを視野に入れた取り組みの一端という意味をもったことは当然だろう。要するに駆け付け警護を巡る議論は批判側にとって、政権の進める安全保障の取り組みを阻止する事例となったのである。


 この結果、駆け付け警護はこれほど話題になったにもかかわらず、その議論の大半は南スーダンの状況を紛争状態と考えるか否かについての堂々巡りのもので、任務の内容そのものについては、実はほとんど議論されないままに任務付与に至っている。もしもの話をしても仕方ないが、政治的な論争ではなく、純粋に国際平和協力の議論のみであれば、これほどの大問題にはならず、より建設的な議論がなされたのではないかという思いを強くする。この点が、著者が今回の南スーダンへの駆け付け警護任務付与を巡る政治過程を苦々しく思う理由でもある。


 実際、今回の駆け付け警護任務の付与は、「(そもそもの必要性として例示されていた)他国部隊への駆け付け警護」は想定されないものとされた。安倍総理の当初の問題提起にもあったように、他国並を目指して始まったはずの議論だったが、これほどの政治的コストをかけた上で実現させたのは、基本的には「文民のために駆け付ける」もので、外国部隊のために駆け付けることは想定されていない。もちろんいざそのような事態になったときの可能性としては排除されてはいない訳だが、他国軍への駆け付け警護を想定しないものに留めるのであれば、これほどの議論が必要だったのだろうか。


 いずれにしても今回の新任務付与を巡る過程は、自衛隊や軍隊、あるいは武器の使用をめぐる問題が、日本にとって、どれほどハードルが高いのかを改めて実感させられる結果となった。他方、そうした大きな政治的ハードルを乗り越える形で、とにもかくにも駆け付け警護は付与された。大きなハードルを乗り越えて新任務を付与したこと、さらにその間に駆け付け警護が奇妙に大きく扱われたと言う事実は、今後の駆け付け警護について、さらなる問題を招くことになると思われる。この問題を超え、実りある新任務とするための方法を、次に考えたい。



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