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2016.09.06

中国国家安保政策の真空

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2016年9月1日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 8月以降、尖閣諸島周辺に中国の軍艦・公船と数百隻の漁船に潜む海上民兵が押し寄せ、今やこれが「新常態」化しつつある。中国共産党中枢の「外交的真空」が続く限りこの状況は変わらない。いずれ誤算に基づく偶発的衝突が発生する恐れがある。最悪の事態回避のためにも、今こそ中国の行動原理の検証が必要だ。そこで今回は中国の国家安全保障政策を取り上げる。

 この分野で習近平政権が決定した事項は次の通りだ。

  • 2013年11月の三中全会は「国家安全戦略を制定・実施し...国家安全工作における重大問題を検討・解決する」国家安全委員会の設立を決定

  • 14年1月の党政治局会議は中央国家安全委員会設置を決定。同委主席に習近平、副主席には李克強国務院総理と張徳江全国人民代表大会(全人代)常務委員長が就任

  • 15年7月の全人代常務委員会会議は「中華人民共和国国家安全法」を可決

 一部識者にはこの中央国家安全委員会を中国版NSC(国家安全保障会議)と呼ぶ向きもあるが、筆者は懐疑的だ。現代中国で「国家安全」とは、対外的安全保障よりも、国内の治安維持を重視するケースが多いからだ。

 筆者の仮説が正しければ、今の中国に主要外交・軍事政策を立案・調整・実施する日米のようなNSCは存在しない。国家安全保障の柱の一つである対外軍事政策は今も中央軍事委員会の専権事項のようだ。外交のみならず、対外安全保障政策にも一種の「真空」が存在するのだろうか。

 続いて軍改革に関する習氏の言動を振り返ろう。

  • 13年11月の三中全会では、「国防と軍隊の改革を国家の全面的な改革の深化の全体像の中に組み入れる。それを党の意志と国家の行為へと引き上げる」と発言

  • 15年11月の中央軍事委員会会議では(1)2020年までに指導管理体制と統合作戦指揮体制を改革し(2)軍民融合などを発展させ(3)情報化戦争に勝てる近代軍事力の構築に努力すると発言

  • 16年1月の重要講話で、強力な軍を作るために「完全な中国の特色ある軍事法治システム」が重要だと発言

 言うは易(やす)く、行うは難しだろう。そもそも軍改革を「党の意志と国家の行為へと引き上げる」というが、それではこれまで解放軍は党の意志と国家の行為ではなかったのかと言いたくなる。2020年までに人民解放軍を米軍のような統合作戦可能な軍隊にするというが、日本の自衛隊ですら統合作戦は容易ではない。中国人の軍隊がこれから4年で米軍と互角に戦えるようになるとは思えない。

 最後の完全な「軍事法治システム導入」には笑った。この点は解放軍関係者も「5つの多い」を解決するため、「根本的な3つの変化」が必要だと言っている。「多い」は無駄な会議、活動、通報、工作組、検査や評価。「変化」は(1)行政命令ではなく法律に基づく行政へ(2)経験や慣習ではなく、法規や制度に基づく業務へ(3)突撃型や行動型から条例に基づく業務へ変化することが必要だという。

 おいおい、法令に基づく行動って、軍隊の基本中の基本ではないか、幼稚園児じゃあるまいし。だが、習氏は本気だ。人民解放軍に党と国家の意志を徹底させ、法律に基づく命令を順守させることが容易でないことをよく知っているからだろう。

 日清戦争敗戦の真の原因が清朝の政治・官僚・軍隊の腐敗・堕落であることは中国知識人の常識だ。最近でも、2011年1月の米国防長官訪中時、胡錦濤主席との会談直前に解放軍は次世代ステルス戦闘機「殲20」の初試験飛行を断行した。14年9月の習主席訪印の際も、解放軍はカシミールのインド支配地域に侵入した。これらは決して偶然ではないだろう。もちろん、今回の尖閣領海侵入も偶然ではあり得ないと思うのだが。


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