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2016.06.09

南シナ海を主戦場とする米中関係:「シャングリラ・ダイアローグ」の論点

  • 神保 謙
  • 主任研究員
    神保 謙
  • [研究分野]
    外交・安全保障

「リバランス」の主戦場としての南シナ海

 シンガポールで開催されたアジア安全保障会議「シャングリラ・ダイアローグ」は発足から15周年を迎えた。風光明媚なシャングリラホテルには、アジア太平洋各国の国防大臣・当局者が一堂に集い、ホテル周辺はVIP警備のため二重三重の厳戒態勢となる。オレンジ・グローブ・ロードからホテルの入口までたどり着くのもひと苦労だ。

 600名を超す参加者が集うメイン会場での華やかな全体セッションの裏側では、中二階の小さな会議室で絶え間なく二国間の公式政府協議が行われる。またロビー、廊下、レストランでは、主催者発行の公式IDカードを首から下げた政府関係者、制服組、研究者らが、互いの議論に余念がない。彼らを取り囲むように、多くのメディア関係者がスクープを求め、テレビ中継と速報記事の執筆に躍起となる。このような熱気と緊張感に包まれているのは、同会議がアジア太平洋の安全保障を定点観測する絶好の場であるからに他ならない。

 シャングリラ・ダイアローグの二大主役が米国と中国であることは言を待たない。その前哨戦をみてみよう。昨年の同会議でアシュトン・カーター米国防長官は、中国の南シナ海における岩礁の埋立てを厳しく批判し、埋立ての即時中止と軍事化への懸念を表明していた。米国はその後、南シナ海で中国の人工島の12カイリ以内の航行を含む複数回の「航行の自由作戦」(FON-OP)を実施し、「国際法の下で認められたあらゆる海域において、米国の航行の権利は制限されない」ことを再三にわたり表明してきた。

 しかし中国は南シナ海での埋立て事業を中止するどころか、その規模を大幅に拡大した。米国防総省が発表した『中国年次レポート』(2016年5月)によれば、中国が同海域で造成した人工島の規模は、昨年末の時点で前年の6倍にあたる13平方キロメートルに拡大している。また3つの人工島では、軍用機も離着陸できる3000メートル級の滑走路が整備され、通信・監視システムや補給施設などのインフラ整備の建設が着々と進んでいる。さらに今年初めには、パラセル諸島最大のウッディ島に長距離地対空ミサイルや対艦ミサイルが配備され、4月にはファイアリー・クロス礁の飛行場に、初めて中国軍機(Y-8輸送機)を着陸させている。

 この前哨戦としての1年間で最も重要な問題の所在は、米国が即時の埋立て中止を要求し、度重なる「航行の自由作戦」で中国の過剰な海洋権利の主張を牽制したにもかかわらず、中国が公然と無視して埋立てを継続したことにある。結果として、米国は南シナ海における「現状維持」を担保することはできず、刻々と変化する「現状」の参照基準点を変更して、新たな「現状」を甘んじて定義せざるを得ない状況に追い込まれているのである。南シナ海の現実は、中国の拡張主義の具体的なプロセスであると同時に、米国の「リバランス政策」の信頼性・有効性に挑戦する主戦場なのである。


シャングリラ・ダイアローグでの米中対立

 カーター国防長官の今年の演説のキーワードは「原則に立脚した安全保障ネットワーク(Principled Security Network)」の形成である(尚、同演説においてPrincipleという言葉は36回も使用されている)。ここで言う「原則」とは、米国が最新鋭の兵器の展開を含むアジア太平洋地域への強い関与を維持しつつ、開放的な安全保障協力の推進や国際法に基づく紛争の平和的解決を促すことを指し示している。

 カーター長官は日米・米豪・米印などの二国間関係、日米韓(ミサイル防衛協力)日米豪(合同演習)・日米印(マラバール海上合同訓練)、アジア域内諸国間の能力構築支援、ASEANが主導するADMMプラスなどの地域協力枠組みの発展などを挙げ、域内の同盟国・パートナー国がより多くの安全を提供できるネットワークを形成すべきことを提唱した。

 また中国の南シナ海における埋立てに対しては「自らを孤立に導く『万里の長城』」に例え、これを厳しく批判した。その一方で、同会議参加者やメディア関係者によれば、米国は昨年の「即時の埋め立て停止」を要求した表現からは一歩後退したという評価も多かった。ここには週明けに北京で予定されていた「米中経済・戦略対話(S&ED)」を円滑に開催するという配慮があったのかもしれない。

 翌日に登壇した中国の孫建国・統合参謀部副参謀長は、一歩も引かない対応で応えた。中国もまたアジアの安全保障に平和的な貢献をしていると自己評価し、米国との「新型の軍事関係」や関係国との連絡メカニズムの構築を目指し、危機管理や信頼醸成を進めることには前向きな姿勢を示した。

 しかし南シナ海に話題を移すと、孫建国副参謀長は威圧口調を一層強めた。同氏は南シナ海が「古代より中国の領土」という立場を表明し、米国の「航行の自由作戦」は中国に対する軍事的威嚇行為であるとして「断固として反対」した。また南シナ海に関する仲裁裁判の結果は何ら効力を持たず、中国は受け入れない、との姿勢も改めて明確にした。孫副参謀長は、あろうことか質疑応答の時間にも、寄せられた会場からの多くの質問を意に介さず、南シナ海の原則的な立場を改めて読み上げた。こうした態度に会場に集った研究者や政府関係者が憤っていたことは半ば当然である。


今後の展開はどうなるか

 シャングリラ・ダイアローグにおける米中両国の主張は、平行線を辿り妥協点を見出しうる状況ではなかった。中国は南シナ海の「九段線」を含む領有権の国際法上の根拠を曖昧にしながら、岩礁や人工島への実効支配の既成事実化を進めていることは間違いない。中国とASEANとの間での「行動規範」の策定は遅々として進まず、その背景には中国の遅延戦術があることもほぼ確実である。著名な日本人の研究者が会場から指摘していたとおり、中国は事あるごとに平和的意図を説くにもかかわらず、周辺国から「信頼を獲得する行動」にはおよそ至っていない。

 その一方で、米国は再三の抗議と「航行の自由作戦」を柱とする対中牽制を試みるが、中国の行動を停止させるには至っていない。米国は中国に対するコストを賦課して行動を変更させることはできず、かといって確たる代替案もないという、ちぐはぐな状態が続いている。その間に、南シナ海の「新しい現実」は着々と形成されていくのである。

 今後の焦点は、この現状を大幅に変更しかねない、米中双方の許容限界点をめぐるせめぎ合いということになる。今年着目されるのは以下の三点である。

 第一は、フィリピン政府が提起した南シナ海をめぐる中国との紛争に関する常設仲裁裁判所の判断が近く示されることだ。同裁判所はミスチーフ礁などが領海の起点とならない暗礁に当たるのか、スカボロー礁でフィリピン住民の漁業活動を中国が違法に妨害しているか、など海洋水域権を中心とする7項目を中心に最終裁定を下す見通しである。他方で、中国の主張する「九段線」と国連海洋法条約(UNCLOS)の整合性については、判断を保留するとみられている。いずれにせよ、仲裁裁判の結果は「法の支配に基づく海洋秩序」の基礎となるものであり、中国が最終判断を受け入れない状態でも、日本、米国、豪州はもとより、ASEAN諸国が一致して裁判の結果を尊重する姿勢を直ちに示すことがきわめて重要である。

 第二は、南シナ海における防空識別圏(ADIZ)設定の可能性である。2013年11月に東シナ海で防空識別圏を設定して以来、南シナ海にも同圏域を広げることは、時間の問題とみられている。仮に中国が7つの人工島を活用して防空識別圏を「九段線」に沿って南シナ海全域に設定した場合、中国とASEANの行動規範をめぐる交渉は膠着し、海空域の航行・飛行の自由が大きな影響を受けることは避けられない。米国は「航行の自由作戦」のさらなる強化を迫られ、域内諸国の同作戦への参加を含む、具体的な対応が問われることになるだろう。結果として南シナ海をめぐる情勢が一気に緊張含みとなることが予想される。

 第三は、フィリピン北部ルソン島の約200キロ西にあるスカボロー礁の埋立てである。カーター長官は、フィリピンに至近の同岩礁が埋め立てられればフィリピンの安全保障に重大な影響があるとして「軍事衝突を引き起こしうる」と警告している。シャングリラ・ダイアローグでもカーター長官は「(スカボロー礁を埋立てれば)行動を起こす」と述べたように、米比同盟にとってもスカボロー礁は「レッドライン」となりうるのである。中国が警告を顧みず同岩礁の埋立てを進めれば、中国と米比両国との軍事的対峙にも発展しかねないリスクを内包しているのである。


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