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2016.06.02

オバマの広島訪問は日米それぞれの外交に何をもたらすのか

WEDGE Infinity に掲載(2015年5月25日付)

  • 辰巳 由紀
  • 主任研究員
    辰巳 由紀
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 オバマ大統領が5月21日、ベトナム・日本歴訪に向けて米国を出発した。日本では伊勢・志摩G7サミット出席に加えて、安倍晋三総理との日米首脳会談、サミット終了直後に広島を訪問することがすでに発表されている。

 すでにメディアではオバマ大統領の訪日中の日程については「広島訪問」がクローズアップされ、大統領が広島で何を言うのか、言わないのかに始まり、オバマ大統領の広島訪問に応えて、安倍総理がオバマ大統領の任期中に真珠湾を訪問するかどうかについてまで憶測するような論調が飛び交っている。



米外交の文脈としても重要な広島訪問

 たしかに、現職のアメリカ大統領としては初めてとなるオバマ大統領の広島訪問は、日本にとって非常に重要なことだ。終戦直前に原爆の被害を受けた広島と長崎は、日本が戦後外交の中で一貫して掲げてきた「核のない世界」という目標の出発点となった土地であるという意味で特別な場所であることは言うまでもない。

 しかし、米国でもオバマ大統領の広島訪問は非常に重要なのだ。1945年に当時のハリー・トルーマン大統領が広島と長崎に原爆を投下する決定を下したことは、「戦争指導者の判断として正しかったのかどうか」という点が今でも議論される。

 「原子爆弾の投下がなければ、戦争が長引き、日本の本土決戦でより多くの死者が出ただろう。原子爆弾の投下により、それが回避され、本土決戦まで戦争が長引けば戦場に送られていたであろう多数の米国の若者の命を救っただけでなく、そのような事態になっていれば確実に日本人の犠牲者数も増えていた」として、決定は正当なものであったと主張する議論がある一方で、広島と長崎で合わせて14万人ともいわれる犠牲者が出たこと、そしてその大多数が非戦闘員であったことや、当時、米国とソ連の間で「新型爆弾」の開発の競争が進んでいたことを指摘し、原爆投下の決定は、決して正当化できるものではない、という立場もある。

 また、「オバマ大統領が広島を訪れることは、『日本に対する謝罪』と受け取られる可能性がある。当時、日本軍とたたかった米軍兵士とその家族の心情を傷つける」という議論もある。

 オバマ大統領は、以上のような様々な議論が米国内で依然としてあることを考慮したうえで、広島訪問を決めた。つまり、米外交の文脈の中でも、この決定は極めて重要な決定なのだ。



米外交を模索し続けたオバマ政権の8年間

 ではなぜ、オバマ大統領は広島訪問を決めたのか。単に「核のない世界」に対する決意を再び訴えるだけならば、「核のない世界」について初めて訴えたのがプラハであったことを見てもわかるように、広島のように、原爆の記憶が今でも生々しく残る土地を訪問する必要は必ずしもない。安倍総理への配慮だという指摘もあるが、前述の米国の議論を見てもわかるように、日本への配慮という観点だけで決められるような単純なものでもない。

 振り返れば、オバマ政権の8年間は冷戦時代以降アメリカ外交が抱えてきた「過去の負の遺産」に、どのように一定の区切りをつけ、今後のアメリカ外交にどのような新たな方向性と意義付けを持たせるかを模索し続けた8年間であったといってもいい。核プログラムに関するイランとの合意、キューバやミャンマーとの国交回復、ベトナムやフィリピンとの関係強化......オバマ大統領は、その任期中、これまでのアメリカ外交でいわば「タブー」とされてきた課題に取り組み、新しい方向性に舵を切る端緒をつけてきた。

 その判断の是非は、後世に任されるものとなるが、少なくとも、アメリカの国力が相対的に低下しているという現実を踏まえ、それでもアメリカが、指導的役割を発揮し続けるためにはどうすればよいのか、という課題に真正面から取り組んだのがオバマ政権の8年間だったのではないだろうか。

 そうだとすれば、オバマ大統領が「歴史を直視することは重要だ。歴史について対話を持つことは重要だ」(ベン・ローズ国家安全保障担当大統領副補佐官)という心情に基づいて広島を訪問し、そこで第二次世界大戦で命を落としたすべての人々を追悼し、未来志向の声明を出すことは、ある意味、自然な流れであるといえる。



G7サミットには関心が向けられない?

 安倍総理にとっての課題 は、「現職アメリカ大統領の広島訪問」のインパクトがあまりに大きく、その直前に自身が主催者となって行われるG7首脳会談が完全に埋没してしまう危険性があることだ。特に、G7サミット前にオバマ大統領がベトナムを訪問することを考えると、ベトナム訪問と広島訪問の間に挟まれたG7サミットにほとんど関心が向けられないままこの会合が終わってしまう可能性が今のままだと非常に高い。

 しかし、今回のG7会合は現在の国際情勢を考えると非常に重要な会合だ。ロシアがサミットのメンバーから外れ、G20の限界も認識されつつある今、G7は、人権、民主主義、市場経済、法の支配など、第2次世界大戦以降の国際秩序を支えてきた価値観を共有する先進国の集まりとして、その重要性を再確認する必要がある枠組みだ。

 特に、日本にとっては、今回のサミットで日本政府がフォーカスしたいと考えている女性のエンパワーメントや、世界の保健衛生問題に加えて、南・東シナ海問題や北朝鮮問題など、ともすればこれらの問題を地域問題として捉えて、積極的な関与を好まない英、仏、独、加、伊各国に対して、これらの問題は、国際規範の観点からみても重要な問題で、国際社会が一致して対峙しなければならないものであることを首脳レベルで訴え、理解を求める絶好の機会だ。

 そのG7サミットが、事後のオバマ大統領の広島訪問に飲み込まれてしまうことは、日米関係の上では「これほど熾烈に争ったかつての敵が、今や、信頼と同盟関係で結ばれたパートナーである」ことをアピールするまたとない機会になることを考えればプラスだが、日本外交全体から見れば必ずしもプラスではない。

 オバマ大統領の広島訪問に大半の関心が向けられることは不可避だ。しかし、それを踏まえたうえで、G7首脳会合を日本が主催するという7年に1度の年に、日本が、サミット議長国としていかに存在感を示すことができるか――安倍総理の外交手腕が問われることになるだろう。


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