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2016.01.14

サウジ王家の深謀か暴走か

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2016年1月7日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 新年早々、驚くべき事件が起きた。サウジアラビア内務省がテロ関与容疑者47人の死刑を執行したのだ。大半はアルカーイダ系だが、王家に批判的なシーア派著名法学者も含まれていた。

 イラン最高指導者は「サウジは重い代償を払うことになる」と強く非難、一部暴徒が在テヘラン・サウジ大使館に乱入して火まで放った。サウジはイランとの断交を発表、バーレーンなども追随した。欧米外交当局や国連事務総長は今回の死刑執行を「適正手続きに基づかず、宗派間緊張を高める」として懸念を表明している。

 だが、筆者がこのニュースに注目する理由はちょっと違う。イラン側の反発・非難自体は驚くに値しないし、サウジにはそもそも欧米が望むような「法の支配」や「人権尊重」など存在しない。

 筆者の懸念は、この事件が今年の中東情勢のさらなる混乱に拍車をかけるだろう、ということだ。

 今サウジは大きく変わりつつある。メッカなど二大聖地の守護者サウド家は従来、極端なほどの「穏健・協調」外交が信条だった。筆者が外務省に入った1970年代末のサウジといえば、「慎重で受け身、めったにイニシアチブを取らない」ことで有名だった。要するに「サウジはサウジで、静かにやるべきことをやる。放っておいてほしい」ということだ。そのサウジ外交が変わり始めたらしい。

 発端は昨年1月23日のアブドラ国王崩御だ。同日サルマン国王が即位、ムクリン副皇太子兼第2副首相を皇太子兼副首相に任命した。さらに、王位継承順第2位となる副皇太子兼第2副首相にはナエフ元皇太子の息子ムハンマドという55歳の第3世代を任命した。ここまでは典型的なサウド王家のバランス人事だ。異変発生は4月末、サルマン国王が勅命でムクリン皇太子兼副首相を解任、副皇太子を皇太子兼副首相に、国王の息子である国防相を副皇太子兼第2副首相に、それぞれ任命してからだ。サウド家を知る者にとっては、ちょっとした驚きである。

 案の定、この頃からサウジの対外政策は大きく変わり始めた。内戦が激化したイエメンでサウジ軍は同3月26日から何と空爆を開始する。12月15日、サウジ政府はイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)などに対抗すべく、イスラム圏の34の国・地域が「イスラム軍事同盟」を結成したと発表した。事実上のサウジ主導軍事同盟であり、共同作戦本部もリヤドに置かれるという。

 こうした軍事的対外強硬策の裏にいるのが国王の息子で30歳のムハンマド・ビン・サルマン副皇太子兼国防相だという。この若者、今やサウジの経済開発評議会議長と国営石油会社アラムコ最高評議会議長も兼ねる。新年早々のシーア派法学者の死刑執行もこうした強硬方針の一環なのだろうか。

 サウジ新外交について考えていたら、最近見たスピルバーグ映画を思い出した。邦題は「ブリッジ・オブ・スパイ」だが、原題で「スパイ」は複数形だ。米ソ冷戦下に米国で起訴されたソ連スパイとソ連領内で捕まった米国パイロットを「交換」するスリルたっぷりの実話映画。厳しい冷戦下でも米国の裁判官はソ連スパイを死刑にしなかった。いつか、どこかで役に立つと考えたからだろう。だが今回サウジはシーア派法学者を処刑してしまう。これではイランとの取引・交渉に使えないではないか。

 サウド王家の長老は、米国など「頼り」にならず自ら行動を起こすしかない、とでも考えたか。それとも、30歳の若い実力者が暴走しているだけなのか。答えは意外に早く出る可能性がある。

 今後、イラン系のシーア派強硬派テロリストたちだって黙ってはいないだろう。サウジアラビア新体制の対外強硬策のツケは決して安くないかもしれない。

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