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2015.11.10

米国の「航行の自由作戦」 日本の対応、日米同盟のリトマス試験に?

WEDGE Infinity に掲載(2015年10月30日付)

  • 辰巳 由紀
  • 主任研究員
    辰巳 由紀
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 10月26日、米海軍駆逐艦が南シナ海のスプラットリー諸島地域で、中国が建築を進めている人口島から12カイリ以内の海域を航行した。中国政府はこれを「不法行為だ」と批判しているが、米国は、「国際法が許す限り、世界中のいつでもどこでも、飛行し、航行し、作戦活動を行う」(アシュトン・カーター国防長官、2015年5月28日シャングリラ会議での演説にて)という従来の立場を崩しておらず、両国の立場は平行線をたどっている。


南シナ海での米国の対応をめぐる米国内の議論は対中認識の厳しさの反映

 この米海軍駆逐艦の航行は、目新しいものではない。今回実施された「航行の自由プログラム(Freedom of Navigation Program, FON)」は、米国務省のホームページによると、1979年から実施されており、その目的は「米国は国際社会が持つ公海上の航行および飛行の自由に対する権利を抑制するような一方的行為を受け入れない」という意思を表明することにある。

 南シナ海で中国が建造を続ける人工島から12カイリ以内の海域を航行することで米国は、中国のこの地域での活動を黙認しているわけではないというメッセージを発するべきだ、という議論は、この数カ月、米国内で活発になってきた。9月18日に連邦議会の上院軍事委員会で「アジア太平洋の海洋安全保障」をテーマに公聴会が行われた際に、冒頭でジョン・マケイン上院軍事委員長が行った「(海洋の自由という原則に対する)米国のコミットメントを最も明確に示すのは、南シナ海で中国が領有権を主張するエリアから12カイリ以内を航行して見せること」という発言は、アメリカが今後もアジア太平洋で指導力を発揮し続けるべきだと考える人の多くの気持ちを代弁したものだ。

 特に、共和党議員や保守系論客の間では本稿冒頭で引用した「(米国は)国際法が許す限り、世界中のいつでもどこでも、飛行し、航行し、作戦活動を行う」という発言をカーター国防長官が今年5月に行ってから、航行の自由作戦がこの海域で行われるまで実に5カ月を要したことに対するオバマ政権の対応の遅さを批判する声がこの1、2カ月強くなってきている。

 前述の9月18日の公聴会では、公聴会が開催された時点で、米海軍が、中国が領有権を主張する海域、特に人工島から12カイリ以内での航行を2012年以降行っていなかったことに対して、マケイン上院議員が「12カイリ以内に入らなければ、実質的に中国の領有権を認めていることと同じではないか」と主張し、公証人として出席したデイビッド・シアー国防次官補やハリー・ハリス米太平洋軍司令官と厳しいやり取りを交わした。

 このように南シナ海における中国の行動により強い姿勢で臨むことを米政府に求める国内の雰囲気は、現在の米国の対中認識が厳しさを増していることの証左でもある。そもそも、上院軍事委員会のアジア太平洋小委員会ではなく、本委員会でアジア太平洋の海洋安全保障をテーマにした公聴会が開催されること自体、めったにあることではない。

 9月下旬、習近平国家主席の訪米が国賓待遇だったことについても、ドナルド・トランプ氏、ジェブ・ブッシュ元知事やマルコ・ルビオ上院議員をはじめとする複数の共和党大統領候補から強い批判が出た。また、10月26日の米海軍駆逐艦の人工島12カイリ以内の海域の航行についても、CNNをはじめとする主要メディアでかなり大きく取り上げられているが、これも、2016年大統領選挙や中東情勢がメディアの関心の大勢を占めている現在では珍しい現象だ。米国内で厳しい対中認識が定着しつつあることを示唆するものだろう。


今後の焦点は何か

 それでは、南シナ海の人工島をめぐる米中の対立についてこれから見ていくとき、注目すべき点はどこにあるのだろうか。

 第一に、米国の今後の動きである。国防省はすでに、今回の航行がこの地域での航行としては最後のものにならない旨を明らかにしている。今後は、中国が領有権を主張する他の地域や、フィリピンやベトナムなど、中国以外の国が領有権を主張する地域でも、今回のように航行の自由作戦の一環として航行することになるだろう。これがどのくらいの頻度で行われるか、行われる場合、どのようなアセットを用いて行うのか、などに注目すべきだろう。

 第二に、中国の反応である。今回の航行については、習近平主席の訪米の前後の時期から、ジョン・リチャードソン海軍作戦部長をはじめとする国防省・米軍の幹部が様々なところで「南シナ海での航行の自由作戦実施の可能性」に時間をかけて言及を続けた。これは、そうすることで実際に航行したときの対応について考える時間を中国政府に与え、現場の部隊の過剰反応を防いだ、という見方もある。

 しかし、今後、米軍が南シナ海における航行の自由作戦を継続する場合、中国が例えば、現在、抑えている7カ所以外にも、さらに建造物を構築する場所を見つける、あるいは、まだ終わっていない建築活動のペースを上げる、などの対抗措置に出てくることは十分に考えられる。また、南シナ海での米軍の行動に対抗して、例えば、東シナ海や、より米国本土に近いアラスカ付近に再び現れるといった行動に出てくるかもしれない。

 いずれの場合も、米軍と人民解放軍の正面衝突には発生しないまでも、緊張が高まる可能性は十分にある。

 また、米国が今後、航行の自由作戦に、地域の同盟国やパートナー国への参加を求める可能性が出てくることも当然、考えられる。米海軍だけが航行の自由作戦をしていると、中国との緊張が高まる一方だ。むしろ、多国籍の有志でこの活動を行い、中国の行動に不満を持つ国がいかに多いかを示すことで、地域での中国の外交的孤立化を目指す方が現時点での政策としては合理的だ。

 米軍との共同行動、同盟国同士やパートナー国同士での行動など、組み合わせはいろいろ考えられるが、今回の米国の行動に支持を表明した国を中心に、そのような打診が来る可能性は高いだろう(今、すでに内々に打診されている可能性もあるだろう)。

 日本はすでにオーストラリアやフィリピンと共に、「米国の行動を支持する」という立場を政府として表明している。明確な発言を避けている韓国と比較すれば、米国の目には頼もしく映る。しかも、米国では、先般の海上自衛隊の観艦式で安倍総理が、戦後、日本の総理としては初めて、米空母に降り立ったことや、観閲式の様子などが報じられたばかり。

 米政府の幹部クラスでは、4月の総理の議会での演説、直前の日米防衛協力の指針の改定、安全保障法制の制定などを通じて日本がこれまで一貫して打ち出してきている「積極的平和主義」「国際秩序の維持のために努力する国」によって、日本も南シナ海での「航行の自由作戦」のような活動に、躊躇なく参加できるようになったというイメージを持っている人が圧倒的に多いだろう。米海軍が海上自衛隊と南シナ海で共同演習を行うことが最近、報じられたばかりだが、このような対応を取ればとるほど、米側の期待値は上がっていく。

 しかし、現時点では、実際に共同パトロールを米国から求められた場合にすぐに対応できるかは、南シナ海情勢が今般成立した安保法制で定められた「重要影響事態」や「存立危機事態」に該当するという認定を国会がするかどうかにかかっている部分が出てくるため、どういう形でなら自衛隊が参加できるのかは不透明だ。しかし、日本のこの事情を実際に理解している人は米政府の中でも少ない。

 「支援の表明は口だけだったのか」と言われるようなことがないよう、日本は、これまで以上に、東南アジア諸国の海上保安庁や海軍の能力構築など、自衛隊や海上保安庁による訓練の提供など、今すでにできることにより一層、力を入れるべきだろう。少なくとも、南シナ海情勢における対応が、日本のアジア太平洋地域の安全保障でどのような役割を果たす覚悟があるのかを問うリトマス試験になってしまうような事態だけは避けなければならない。

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