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2015.10.05

サイバー、南シナ海...国賓待遇にも「ゼロ回答」で逃げ切った習政権 深まる米中の溝

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2015年10月1日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 先週末の米中首脳会談は予想通りの結果に終わった。オバマ大統領はサイバー・南シナ海問題を取り上げ、中国側に直接譲歩を迫ったが、習近平国家主席は実質的にゼロ回答だった。数年来、ワシントンは首脳会談の度に北京を追い詰めようと試みたが、今回も中国側は逃げ切ったようだ。なぜ米中間でこんなイタチごっこが続くのか。今回はそのメカニズムを解明する。

 最大の理由はこの種の首脳会談に対する両国の思惑が異なることだ。米側の発想は単純である。人民解放軍を含む中国の巨大党官僚組織は自己増殖する。事務レベルで何度申し入れても全く効果はない。止めるにはトップダウンの介入が必要だ。米国が最も懸念する問題を習主席に直接働きかけ、解放軍など官僚組織が中国全体の利益を損ねていることをリーダーに理解させる必要がある。いかにも米国らしい発想ではないか。

 対する中国の発想は米国と大きく異なる。首脳会談は議論の中身よりも形式が大事だ。今回の首脳会談でも第1の目的は習主席の国際的権威を高めることにより、国内の政敵と反対派に対し権力を誇示することである。そのためなら使えるものは何でも使う。世界の大国・米国の首都で21発の礼砲という最大限の敬意が示され、国賓として大歓迎を受ける。これこそが中国国内で政治的権威を誇示する最善の方法なのだろう。

 逆に言えば、このような晴れの舞台で中国の最高指導者がメンツを失うような事態はタブーである。だからこそ、習主席訪米の直前にローマ法王訪米日程が組まれることを知った中国側は米側に法王の日程を変更するよう強く求めたのだろう。さらに彼らは内容面でもメンツを重んじる。今回の第2の目的は、中国共産党が指導する中国を、米国と対等の正統な国家として米国に受け入れさせ、その核心的利益を認めさせることだ。ここで習主席が譲歩することはあり得ない。譲歩したとなれば、国家主席のメンツは失われ、国内の政敵と反対派が黙っていないからだ。

 今回の米中首脳会談はこのような環境の中で開かれた。米側は中国側の儀礼上の要求を中国側が内容面で譲歩することを期待しつつ、可能な限り受け入れたに違いない。しかし、結果は散々だった。サイバー問題では米側が過去2年間首脳レベルで何度も要求したにもかかわらず、今回中国側は「私企業の秘密を盗まないことを確認し、閣僚級の対話メカニズムを創設する」ことしか約束しなかった。経験則では中国がこの種の約束を完全に履行する可能性は極めて低い。どうやら中国側はまんまと逃げおおせたようだ。

 南シナ海についてもほとんど成果がなかった。オバマ大統領が南シナ海における中国の巨大人工島建設に「重大な懸念」を伝えたのに対し、習主席は「古代からこれらの島々は中国固有の領土」だと強く反論した。米側は中国側が熱望する「新型大国関係」なる用語は一切使わず、オバマ大統領は台湾問題を取り上げ、従来の「一つの中国」政策を維持しつつも、「台湾関係法」に言及した。米国政府は習主席訪米に合わせ夥(おびただ)しい量の「ファクトシート」を発表し、米中首脳会談での合意を公表したが、その中身はあまりに乏しかった。

 鳴り物入りの国賓訪米だったが、米中の溝は埋まるどころか、むしろ深まったのではないか。共同記者会見での両首脳は明らかに楽しそうではなかった。米国からの厳しい追及に対し、中国はまたしても逃げ切った。外交用語で「率直な会談」とは、「互いに言いたいことは言い合ったが、合意には程遠い」状態を意味する。習主席はサイバーについて米国の経済制裁を阻止し、南シナ海で譲歩せず、国内向けのメンツを保った。中国は今後もかかる戦術を繰り返すのか。いずれ北京は国際政治がそれほど甘くないことを悟るだろう。

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