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2015.07.10

欧州国際主義の黄昏

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2015年7月9日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 ギリシャの衆愚政治が止まらない。5日の国民投票で有権者は国際債権団の財政緊縮策を大差で拒否した。事前の予想に反し、「反対」の声は61%を超えた。今ギリシャ・欧州で何が起きているのか。ギリシャ問題はEU加盟国のユーロ圏離脱にとどまらない政治経済の複合現象だ。欧州の現状を正しく理解するには若干の因数分解が必要だろう。

 経済合理性から見れば答えは簡単。ギリシャ人はユーロを諦め、ドラクマ(かつての使用通貨)に戻るしかない。そもそもギリシャにはユーロ圏に入る資格も能力もなかった。そんな国がユーロを採用すればどうなるか。現下の惨状は5年以上も前から一部で懸念されていた。ユーロ圏EU諸国はそんなギリシャに厳しい緊縮財政を強いた。結果的にギリシャのプライマリーバランスは黒字化したが、国家経済全体は見事に収縮した。これでは経済成長など望めず、借金返済どころではない。要するに、EUがギリシャに求めた緊縮政策は成功しなかったのである。

 「欧州のこじきにはなりたくない」「自分たちは怠け者ではない」。国民投票直後、心あるギリシャ人たちは口々に将来への漠然とした不安、懸念を吐露した。

 ギリシャ国民が二兎を追っていることを内心自覚しているからだろうか。チプラス首相は今回の結果を「ギリシャ民主主義の勝利」と表現したが、首相がいかに民主主義発祥の地と自画自賛しても、ギリシャ内政の実態は典型的な衆愚政治だ。同首相はギリシャ人のEUに対する反感とユーロ圏残留への期待を逆手に取って政権の生き残りを図ったにすぎない。

 国内・国際を問わず、政治現象を経済合理性だけで説明することはできない。ギリシャ問題は、現在東西を問わず、世界各地で顕著となりつつある「民族主義復活」の一環である。今回のギリシャ国民の「ノー」はEU的な欧州国際主義に対するギリシャ民族主義の反撃なのだ。

 そもそも、なぜEUは作られたのか。それは第二次大戦後の冷戦が続く中、米ソのはざまで埋没しつつあった欧州がその生き残りを賭け「政治統合」を目指したからだ。(軍事同盟の)NATOとは異なり、EUに米国の影響力は及ばない。EU・ユーロは経済的合理性だけでなく、政治的戦略性、地政学的独自性の観点からも理解すべきだ。欧州大陸でのギリシャの地政学的重要性は論をまたない。だからこそEUはギリシャをユーロ圏に入れたのだろう。その意味でEU主義、ユーロ圏構想の本質は、欧州の地域国際主義に基づく欧州全体の生き残り手段の一つである。

 残念ながらギリシャはこのような欧州国際主義の期待に応え得なかった。産業革命前まで地中海の恵を享受したギリシャは欧州の先進地域だった。だが、科学技術の進歩に伴い第2次産業の優位が確立する中、第1・3次産業が中心のギリシャ・ローマ・地中海文明は比較優位を失う。現在ギリシャは欧州の一部であると同時に、エジプト、チュニジア、レバノンなど旧地中海文明の開発途上国でもあるのだ。そうだとすれば、ギリシャ問題を「北欧州近代文明圏」と「旧地中海文明圏」の対立と見ることも可能だ。

 それではEU・ユーロ圏は今何をすべきか。ユーロ圏の動揺が政治的に容認不能なら、まずはギリシャ政府の統治能力回復が不可欠だろう。今の衆愚政治が続く限り、ギリシャ経済に明日はない。だが、当然これでは不十分。ギリシャのユーロ圏加入が経済合理性より欧州政治統合を優先した結果だとすれば、問題解決には経済合理性だけでなく、政治的資産再配分が必要となる。その鍵を握るのはもちろんドイツだ。ドイツを中心とするユーロ圏の勝ち組がその政治的責任を果たさない限り、EUが目指す政治統合など夢物語に終わるだろう。

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