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2014.12.19

「キルギス」に注目せよ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2014年12月18日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 先週は中央アジアの一部を駆け足で回った。「トルキスタン」とも呼ばれるこの地域、旧ソ連領に入るのは初めてだ。外務省で中東を担当した頃はアフガニスタン、パキスタンによく出張したが、その他の「スタン」国家にはご縁がなかった。役所仕事は縦割りだ。中央アジアの旧ソ連領は欧州局、新疆ウイグル自治区は中国だからアジア局が担当し、アフガニスタンだけが中東局主管である。

 今回は新疆のウルムチ経由でキルギスの首都ビシケクに入り、ごく短時間カザフスタンにも入国して帰ってきた。それでも、今回初めて訪れて中央アジアの現状がようやく見えてきた。この地域の本質はイスラム・テュルク系遊牧文化と周辺農耕文化との対立と融合だ。専門家には当たり前なのだろうが、筆者には「目から鱗(うろこ)」の旅だった。

 最も印象深かったのはキルギス山岳遊牧民の生活だ。ビシケクから遠く離れた山中で70歳の老女に出会った。過去数十年間、馬に乗り数十匹の羊とともに山で生活してきたという。寒い冬は平地まで下りるが、夏は山の高地で、春秋には中低地で、それぞれ羊に草を食べさせる。冬の住居は実に質素な掘っ立て小屋、山岳遊牧民には平地での定住など関心がないのか。道理で、キルギスには平地が少なく、南部フェルガナ盆地の大半はウズベキスタン領である。

 遊牧民の強みはその騎馬能力だ。馬は平時こそ生産手段だが、有事は武器ともなる。土地に執着しないので定住農耕民への憧れもない。17世紀まで中央アジアは騎馬遊牧民が支配する世界だったが、18世紀以降、ロシアと中国という東西巨大農耕帝国の台頭により状況は急変する。19世紀までに中露は新技術で北方の狩猟民や遊牧騎馬軍団を凌駕(りょうが)し、トルキスタンを東西に、満州を南北に分割した。それが現在の中央アジアと新疆、沿海州と東北3省である。

 もう一つ、中央アジアを理解する上で重要な要素はイスラムだ。中央アジアのテュルク系諸民族がイスラム化した時期は中東よりも遅い。ソ連世俗主義の影響を受けたキルギス人にとって、イスラムとは信仰ではなく、文化にすぎないのだそうだ。この山岳の小国で今、トルコやクウェート・サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国がイスラム教育の普及に努めている。特に、トルコは同じテュルク系ということもあり対キルギス経済支援に熱心だ。他方、南部フェルガナ盆地には、より伝統的イスラムが残っており、シリアやイラクで戦う中央アジアの若者も少なくないという。

 何と複雑な国際関係だろうか。キルギスという山岳遊牧民族が生き残るには、中国という潜在的脅威を抑止し、トルコという「遠い親類」を利用しながら、ロシアという旧宗主国に頼らざるを得ないのだから。しかも、最近の米国は全く当てにならない。このように、21世紀版中央アジア・グレートゲームは既に始まっている。四方を海に囲まれた日本人には想像もつかない状況に違いない。

 翻って、日本は東アジアで現在起きている100年に1度のパワーシフトを生き延びる必要がある。中国に平和的台頭を促すためには、彼らに非平和的台頭がもたらすコストの高さを理解してもらう必要がある。中国のアキレス腱(けん)は台湾や朝鮮半島だけではない。今後の中央アジア情勢次第では、新疆ウイグル自治区の情勢も中国の安全保障にとって不可欠となるだろう。されば日本にとって中央アジアの戦略的価値は一層増大するはずだ。日本が中央アジアの安定に寄与し、同地域で政治的発言力を高めることは、結果的に北東アジアの安定に寄与することになる。ビシケクでは、この視点を忘れずに日本の対ユーラシア大陸戦略を立案・実施すべきだと痛感した。対中外交は東京・北京の往復だけではないのである。

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