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2014.09.25

オバマ政権の「テロとの戦い」始まる-問われる日本の「地球儀俯瞰外交」の真価-

WEDGE Infinity に掲載(2014年9月16日付)

  • 辰巳 由紀
  • 主任研究員
    辰巳 由紀
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 新たな「テロとの戦い」を開始せざるを得ない状況になったオバマ政権の関心が再び中東に向き始めた。引き金となったのはイラク・シリア間の国境地帯で勢力を拡大している武装勢力のイスラム国による活動が活発化したことである。


■空爆拡大容認に向かう世論
 当初はその全容が把握されていなかったイスラム国だが、6月にイラク政府軍や治安部隊を圧倒してイラク国内の複数の主要都市を勢力下に収めたあたりから、その脅威がより現実感を持って議論され始め、8月21日にはチャック・ヘーゲル国防長官とマーティン・デンプシー統合参謀本部議長が共同記者会見の席上でイスラム国を「喫緊の脅威(immediate threat)」と呼ぶに至った。

 6月以降、ほぼ毎日、CNNをはじめとする主要メディアがイスラム国の残忍性について伝える報道を連日行い続けていることとの相乗効果で、イスラム国が米国に直接的な安全保障上の脅威を与え得る存在だという認識が広がり始めている。さらに、スティーブン・ソトロフ氏及びジェームズ・フォーリー氏の二人の米国人ジャーナリストの斬首処刑映像がユーチューブで流布したことが、この流れに拍車をかけた。米国内の世論はこれまでイラクに米国が再び軍事介入することには消極的だったが、ここに来て、いまだ地上軍の派遣には慎重だが、空爆の規模を拡大することや軍事物資の提供、人道支援の継続などに対してはこれを容認する空気が強くなってきたのだ。

 例えば、9月9日にワシントン・ポスト紙上で発表された同紙とABCニュースによる共同世論調査の結果では、91%という圧倒的多数がイスラム国を米国に対する直接の脅威と捉えているという結果が出た。さらにこの調査では71%がイラク国内のスンニ派武装勢力に対する空爆を支持、シリア国内の武装勢力への空爆についても65%がこれを支持しているという結果が出ている。

 また、9月10日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙でも、NBCニュースとの共同世論調査で3分の2が武装勢力への空爆を支持しているという結果が出ている。わずか3カ月前の6月にワシントン・ポスト紙とABCニュースが共同世論調査を行ったときにはイラクへの空爆について賛成(45%)と反対(46%)が拮抗していたことを考えると、世論が確実に空爆拡大容認に向かって動いている様子が窺える。


■オバマ大統領の演説が意味するもの
 このような中、9月10日夜、オバマ大統領は国民に対して米国の対イスラム国家戦略について直接訴えるため、テレビ演説を行った。この演説の中でオバマ大統領は「米国はイスラム国を破壊する」と明言、そのための戦略として(1)テロリストに対する空爆の継続、(2)(クルド系イラク人やイラク政府、シリアの反アサド勢力など)現地の勢力に対する軍事援助の提供、(3)(資金凍結や人の流れを止めるなどの)対テロ措置の継続的な強化、(4)人道支援の継続、の4点を挙げた。この流れの中で新たに475人の米軍人を軍事顧問として追加的に派遣することも表明した。特に、空爆については「米国民や施設に対する脅威に対しては断固たる措置を取るというのが私の大統領としての原則」と述べ、「そのためにはシリア国内のテロリストや関連施設を空爆の対象にすることも躊躇しない」と言い切った。

 しかしその一方で、今回の米軍による関与の拡大がブッシュ政権時代のイラクへの軍事介入とは異なる性質のものであることを必死にアピールしようとしている様子も窺えた。上記の戦略すべてを「対テロ(counter-terrorism)活動」と称し、軍事行動そのものは空爆や情報収集・提供などの任務に限定され、地上軍が前線で戦闘任務に就くものではないことを何度も強調した。また「米国は決定的な違いをもたらすことができる」としながらも「イラクが本来自ら行うべきことをイラクのために代わってやることはできない。またアラブ地域の諸国に代わってこの地域の安全を確保することもできない」とも述べ、米国による活動の拡充が効果を上げるか否かは、アラブ諸国の自助努力にかかっていることを示唆しようとした。

 無理もない。2008年にイラク・アフガニスタン両地域における米軍の軍事行動を終結させ、米軍を撤退させることを選挙公約に掲げて大統領選挙を戦い当選、外交・安全保障政策上の自分の最大のレガシーは両地域からの米軍撤退になるはずだったオバマ大統領が、よりによって、長期戦を覚悟しなければならないことを承知の上で再びイラクに米軍を関与させる決定を下さざるを得なくなってしまったのだ。「戦争を終わらせた大統領」として任期を終えるはずだった自分が、「新しい戦いの口火を切った大統領」になってしまった。オバマ大統領は忸怩たる思いだろう。

 それでも、10日夜のオバマ大統領による演説は、少なくとも当面の間、オバマ大統領をはじめ、政権で外交・安全保障を中核となって担う主要な人間にとっての外交・安全保障政策上の最優先課題が再び中東になったことを明確に示している。「軍事作戦」ではなく「対テロ対抗措置」であろうと、地上軍を派遣していなかろうと、米国が再びイラク情勢に軍事力を以て関与し始めることに変わりはない。しかも今回は、イラクとシリアの国境の無法地帯で一定の勢力を確立することに成功してしまったイスラム国という過激派テロ集団が相手だ。


■「三正面」に対応しなければならない米国
 それだけではない。クリミアやウクライナ東部をめぐり3月から続いているロシアとの緊張関係により、今年5月に発表した「四年毎の国防見直し(QDR)」の中では最も安全保障環境が安定した地域として認定されていたヨーロッパの状況が大きく変わってしまった。しかも、南シナ海や東シナ海での中国の強硬な動きは引き続き目が離せない。つい先月も、米海軍のP-8哨戒機が中国の戦闘機に異常接近を受け、米国が中国に抗議したばかりだ。

 第二次世界大戦後、米国の国防政策は基本的に二正面作戦に対応することを前提に策定されてきており、米軍の態勢もその前提で整えられてきた。この態勢が、近年、国家財政状況の悪化で国防予算削減が余儀なくされる状況になってきたために維持できなくなり、1.5正面、つまり大規模な軍事行動を一つの地域で展開しつつ、ほかの地域での小規模な武力衝突に対応できる態勢を目指す流れに移行してきていた。今回、イラクに米軍を再び関与させなければならなくなったことで、米国は外交的には「中東・欧州・アジア太平洋」の三正面に対応しなければならなくなり、国防面でもこの3つの地域にそれなりに説得力のある軍事力を展開しなければならなくなった。予算に制約が課されたままの状態でこのような事態に陥ったため、結果、どの地域においても満足の行く対応ができない結果になるリスクが生じているのである。


■問われる「地球儀俯瞰外交」の意味
 イラクでは既にイギリス、フランス、オーストラリアが、軍事援助の提供や人道支援の空中投下に参加しており、オーストラリアについては、戦闘任務に就く可能性も含んだ人員のイラク派遣も決めたようだ。中東地域ではサウジアラビアが、米国によるシリア国内の穏健な反体制派に対する訓練の受け入れに合意したと言われている。中国を訪問していたスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官も、訪問中に楊潔チ国務委員と会談した際などに、イスラム国への対応について協議したと言われている。このように中東情勢を巡って国際社会の主要国が動き始めている中で日本が何をしているのかを振り返ると、甚だ心もとない。

 日本は安倍政権発足以降、「地球儀俯瞰外交」を合言葉に安倍総理が積極的に外遊、岸田外務大臣や小野寺前防衛大臣も積極的に国際会議に出席したり、諸外国とのカウンターバートとの会談を行ったりしてきた。特に安倍総理は、歴代の総理の中で初めて東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国を全て訪問したほか、外遊先は豪、欧州、南アジア、湾岸諸国、中南米などにおよび、アボット豪首相やモディ印首相と密接な個人的関係を構築するなどしている。「顔が見えない日本外交」と言われていたころと比べると雲泥の差だ。

 しかし、それにも拘わらず、イラク情勢、さらには今年春から続いているウクライナ情勢をめぐる緊張の中で日本はほとんど存在感がない。このような「今そこにある危機」に日本として主体的に関与することができていないからだ。

 特に、ウクライナ情勢に関する日本の対応については、米国では「東シナ海では『力による現状変更は反対』とあれだけはっきりと主張し、米国をはじめ世界各国に支援を求めている日本が、なぜ、ロシアがまさに力による現状変更をしているこの状況を前にもっと断固たる姿勢を取らないのか」(某元連邦議会スタッフ)という意見に代表されるような不満が水面下でくすぶっている。

 イラク情勢についても、今年2月にイラク北部の難民に対する緊急支援を決めたあと、6月以降、急激に状況が悪化しているにも拘わらず何ら追加の措置を打ち出せていない。日本政府にとっては、先月からイスラム国に人質に取られている日本人男性が、米国人や英国人のように公開処刑になるような事態だけは回避したいだろう。このことを考えると、今日本政府に打ち出せる措置にはどうしても限界があり、シリアやイラクの難民に対する人道支援を拡大することぐらいしか現実にはできないのかもしれない。それでも、日本が世界有数の主要国だという自負があるのであれば、このような限界の中でも日本政府はイラク情勢にどのように関わるつもりなのか、また、どのような理由で今回は関与をできるだけ最小限にとどめたいのか、などについての議論はもっと活発に行われてもいいのではないだろうか。

 この点を考えると、今年の夏、大挙してワシントンにやってきた日本の国会議員の中でイラク情勢やウクライナ情勢に対して日本がとるべき対応についての知見を披露した人はほぼ皆無。イラク情勢について話題に出た時でも、「米国はどうするつもりなのか」「国際法上、何を根拠にするつもりなのか」など、評論家的な議論しか行われず、議論の大部分が中国に対する懸念の表明や米国の対中政策、米韓関係、日本国内の集団的自衛権に関する議論の説明など、東アジア地域の問題に費やされたことは残念でならない。これでは「世界のほかの地域で何が起こっていても、日本は自国の身の回りのことにしか関心がありません」と宣伝して歩いているようなものだからだ。

 「地球儀俯瞰外交」を掲げる今の日本の政権にこそ、これまでのようにイラクのように日本から遠く離れた地域での活動に関して、アメリカや国際社会から言われてやっと重い腰を上げる、という悪しき前例を打破してもらいたいものである。

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