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2014.09.17

肌で感じた"人質体験"

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2014年9月11日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 講義の真っ最中に突然、賊が押し入った。「床に伏せろ」と大声で叫んだ8人の荒くれ男に襲撃されたのだ。どうやらわれわれは人質になったらしい。ポケットの電話や貴重品をすべて奪われ、頭には2枚重ねた枕カバー。視界ゼロのまま外まで引きずられていった。強引に車にほうり込まれるまで30秒もかからなかった。その際後部座席ドアに頭を強打し、脳振盪になりかけた。なるほど、これがテロリストの人質奪取なるものなのか。イラン・イラク戦争中とイラク戦争後、バグダッド勤務を2回経験はしたが、「人質」体験だけはまだなかった。以上が先週英国某所で参加したテロ・誘拐対策実地体験演習のハイライトだ。この原稿は、怒りで興奮さめやらぬロンドン発の夜行便の中で書いている。

 なぜ怒っているのか。演習の主催者は危機管理専門の多国籍企業だったが、怒りの対象は企業へではなく、筆者自身だった。危機管理の「危機」については常人よりも少しは経験を積んだつもりだが、「管理」の方が不十分であることが分かったからだ。あれだけ痛めつけられて宣伝するのもしゃくだから具体名は伏すが、この対テロ演習、実に効果的だと言わざるを得ない。今回は企業秘密に触れない範囲で、この興味深い演習の概要をご紹介する。

 コースは3日間、合計20時間弱だが、単なる座学ではない。冒頭紹介した通り、全ての講義内容は実地訓練で体にたたき込まれる。正直なところ、初めは「どうせ模擬演習だろう」などとばかにしていたが、やってみるとこれが実にリアルなのだ。主なカリキュラムは次の通りである。

 ◆個人の安全対策

 騒乱、カージャック、デモ、強盗、スリから身を守る方法を包括的に伝授される。「人を見たら泥棒と思う」以外に効果的な対処法はなさそうだ。

 ◆救急医療の対処法

 個人的にはこれに一番興味があった。2回のバグダッド勤務で同僚や邦人の死亡事件に遭遇し、救急医療の知識不足を大いに憂えたからだ。座学ではまず気道の確保、続いて止血...。その後、模擬襲撃現場で被害者の手当てを実際に行う。本物の血ではないのに傷口があまりにリアルで、思わず足がすくんでしまう。

 ◆即席爆弾、地雷等対処法

 ここら辺は慣れており、余裕で受講できた。実地訓練では爆竹を鳴らしていたが、さすがに本物を爆発させるわけにはいかないのだろう。

 ◆路上検問所の対処法

 バグダッドでは何度も経験したことだが、実際に金銭を要求されたのはこの演習が初めてだった。それでも殺されるよりはまし、である。

 ◆誘拐人質事件生き残り法

 座学では人質がコモディティー(商品)であり、商品価値がある限りは殺さないので、犯人の指示には素直に従うべしと教えられた。だが、冒頭のとおり僅か30秒で人質にされてしまうと、そんなことを考えている余裕はゼロだ。

 ◆メディア・トレーニング

 こればかりは筆者もいろいろ言わせてもらった。講義は教官による突撃インタビューで始まる。一部始終を録画し後でそれを映しながら各受講者の弱点を指摘していく。

 教官はいずれも歴戦の勇士だ。主任と専門家からなる講師陣はイラク、アフガニスタンでの実戦警備経験者、救急医療専門の元消防士、元BBC記者など。豊富な現場経験を持つプロならではの講義だった。悔しいが、日本で行われるこの種の講義には実戦経験が決定的に欠けていることを改めて痛感した。

 問題はこれらの演習が全て英語で行われたことだ。実施場所は英国だが、教官が話す英語は出身地によってそれぞれ微妙に異なる。日本語でやってもらえたら理解はもっと深まるだろう。それでも、このような演習は日本では不可能だ。やはり、百聞は一見(験)に如かず、である。

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