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2014.03.26

QDRに異状あり?手詰まり感強まる米国防戦略

WEDGE Infinity に掲載(2014年3月18日付)

  • 辰巳 由紀
  • 主任研究員
    辰巳 由紀
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 3月4日に米国防総省は4年毎の国防政策見直し(QDR)を発表した。今回のQDRは、基本的には、イラク・アフガニスタンでの戦闘が終了し、米軍の態勢が「平時」に戻りつつある時期のものであるとはいえ、厳しい財政状況が続く中で米国の国防戦略が手詰まり感に陥っていることが鮮明になったQDRでもあった。


◆予算の制約への警鐘が突出

 そもそも、QDRは1990年に、当時の米軍統合参謀本部議長が、冷戦後、国防体制の基本を再検討するための「ベース・スタディ」と、その後、第1期クリントン政権でレス・アスピン国防長官が1993年に行った「ボトム・アップ・レビュー」に端を発している。QDRの本来の目的は、米国が将来、直面するリスクのある安全保障上の脅威について中長期的な視点から、従来の立場にとらわれない議論を国防省内部で積み上げることで、国防政策を主導する戦略構想を作り上げていくことだった。

 今回のQDRは、当初の目的とは対極にある文書になったと言ってもいい。内容に2012年の「国防戦略指針(DSG)」の延長線以上の目新しい戦略的発想が見られないだけではない。QDR史上初めて、報告書の中の最終章で「予算強制削減措置のリスク」というタイトルの下、予算上の制約が今後、米軍の態勢や練度に与える可能性のあるリスクについて、かなりはっきりと言及している。特に、2016年以降、予算の強制削減措置が再び復活した場合に、米軍の能力や態勢にどのような悪影響が及ぶかについては詳細に述べられており、「予算陳情書」と見間違うかのような内容になっている。

 それだけではない。今年のQDRは発表の形態そのものも、これまでにないものだった。以前のQDRは、例えば、2010年2月を例に挙げると、ゲーツ国防長官とマレン統合参謀本部議長(いずれも当時、以下同)が揃って記者会見とブリーフィングを行い、それに引き続いてフロノイ政策担当国防次官とスタンレー海軍中将が記者に対してさらに詳細なブリーフィングを行った。2006年のQDR発表の際も、ヘンリー国防副次官とチャニック海軍中将がQDRの内容を発表するためだけの記者会見とブリーフィングを行っている。

 ところが、今年のQDRは、文書そのものが2015年度国防予算と同日発表になっただけではなく、記者会見やブリーフィングも、2015年度国防予算に関する記者会見・ブリーフィングとの「抱き合わせ」で行われた。そこでは、QDRに関するブリーフィングは、ワームス国防副次官によるもののみ。ブリーフィングの大半は、ヘール財務担当国防次官、及び後続の各軍種からの代表による2015年度国防予算の内容に充てられ、記者からの質問も、予算に関するものが大半を占めた。


◆新たな戦略的発想に欠ける内容

 今年のQDRは、「2012年国防戦略指針の上に立つもの」と本文でも認めるとおり、大半が2012年戦略国防指針で示されたものを継承したものだ。その枠内の中で、戦略目標として(1)米国本土の防衛、(2)国際安全保障の構築、(3)決定的な勝利を収めるための戦力投射、の3つを掲げ、この目標を達成するために米軍は(1)本土防衛、(2)地域的に分散された環境での対テロ作戦の継続、(3)複数の地域における前方展開と関与を通じた同盟国への保証と侵略の抑止、の3つを同時に追及することができる態勢を整えることを目指す、としている。

 地域的なフォーカスとしては「アジア太平洋へのリバランスは継続」するとしつつも、中東が引き続き懸念地域であることをより明示的に認め、2012年国防戦略指針ではあまり触れられていなかった欧州との関係も、引き続き同盟関係を重視していくことがよりはっきりと書き込まれた。その一方で中南米やアフリカなどへの言及は非常に少なくなっている。

 また、「より現代的で能力があり、即応態勢を備えた」兵力であり続けるために統合軍たる米軍が能力の再構成を進めるにあたって国防省が今後、力を入れて投資する分野は(1)サイバー、(2)ミサイル防衛、(3)核抑止、(4)宇宙、(5)空間・海上(エア・シー)、(6)精密攻撃、(7)情報・収集・偵察(ISR)、(8)テロ対策・特殊軍、の8つの分野となることも明記された。

 そしてやはり、予算の制約に関連する記述が突出している。前述のとおり、国防予算の制約が米軍の態勢に与え得るリスクについてまるまる1章割いて論じ、その他の部分でも至るところに予算の制約を意識した表現が散りばめられている。つまり、今回のQDRの特徴をあげるとすれば、国防予算は今後当面の間、圧縮傾向が続くという前提の中で、同盟国との関係強化や前方展開兵力の維持の重要性を強調することでこれ以上の国防予算削減を回避しようとしている、防戦一辺倒のQDRである、ということだ。


◆厳しい外部識者の評価

 新しい戦略構想を提示し、その上にたった将来の米軍の在り方を論じる、というQDRが当初目指していた目標と対局に立っているといっても過言ではない今回のQDRに対する評価は総じてあまり高くない。どちらかといえば、2015年度国防予算と同日発表したことがかえって仇となり、2015年度国防予算に対して向けられている批判が、そのままQDRへの批判につながっている。

 どういうことか。米政府の予算は昨年3月1日から一律10%の強制削減が発動され、国防予算もその対象になっていたのだが、2013年12月に民主、共和両党間で、2014年度、2015年度それぞれの連邦予算総額を巡る合意が成立、「超党派予算法(Bipartisan Budget Act)」という法律が成立した結果、この2年間については米政府予算全体に対する予算10%一律カット措置の影響がかなり緩和された。しかし、2015年度予算案の中で、大統領が提出した国防予算案総額は、この超党派予算法で定められた上限額をすでに上回ってしまっているのだ。

 このことが「国防省はまだ、アメリカという国が軍備の縮小(defense builddown)の段階に入ったことを理解していない(元行政予算管理庁(OMB)関係者)」という批判や、「昨年12月に合意したばかりの法律を破るような予算案を僅か8週間後に出してくるなんて信じられない」(議会関係者)といった批判を呼んでいる。このような来年度の国防予算に対する批判の流れの中で、今回のQDRに対しても「なんでもやろうとしていて、優先順位を付けるという意思が感じられない」(元空軍関係者)という批判が出ているのだ。


◆迷走する国防戦略、日本にとってはチャンス

 ここまで紹介してきたような、今回のQDRを取り巻く状況から見えてくるのは、米国防政策の手詰まり感である。まず、人材一つとってみても、2010年のQDRをゲーツ前国防長官の圧倒的信頼を受けて主導したフロノイ政策担当国防次官や、2012年国防戦略指針策定を主導したヒックス戦略・計画・兵力担当国防副次官を始め、第1期オバマ政権が「アジア回帰」を打ち出した頃に、国防戦略を策定する中心的役割を果たしていた幹部の大部分が国防省を去ってしまっている。

 また、アフガニスタンにおける2014年以降の米軍駐留を巡る協定がなかなか合意に至らず、シリア情勢も緊迫が続き、イラン情勢も予断を許さない、という状況の中、中東が持つ安全保障上のリスクは引き続き高いものであることは認めざるを得ない。さらに、米軍のプレゼンスを削減する方向で動いていた欧州で、ウクライナ情勢をめぐるロシアの最近の動きのような事態が起きてしまったことで、「アジアと中東」の二つの地域に特に重点を置く、というこれまでの国防戦略の前提が覆ってしまっている。しかし、「やはり欧州にも米軍のプレゼンスを残す必要がある」と誰かが言いだしたとしても、すでに国防省は、陸軍を第二次世界大戦開戦前の規模まで縮小するという方針を打ち出してしまっており、この決定を覆せるだけの国防予算の増額は望むべくもない。

 要は、あらゆる方面で手詰まり感がある中で国防省が出してきたのが今回のQDRということだ。

 ただ、今回のQDRは、サイバーセキュリティ、宇宙、弾道ミサイル防衛、情報収集監視(ISR)など、昨年10月の2プラス2で日米が協力を強化することで合意した分野のほとんどが、QDRで将来への投資として優先的に扱われており、またアジア太平洋重視路線を継続する中で、在日海軍の重要性が一層高まることが明記されるなど、今後の日米間の協議の進み方次第では、日米の防衛協力が飛躍的に深化する可能性を感じさせるものでもある。しかし、このチャンスを生かせるかどうかは、今後日本が、自国の安全保障政策が抱える課題をどのくらい着実に解決することができるかにかかってくるであろう。


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