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2014.03.14

対岸の火事ではない「クリミア」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2014年3月13日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 この原稿は未明のワシントンで書いている。日米関係が気になっての米国出張だったが、到着当日は大雪で連邦政府が閉鎖され、日程は全てキャンセル。漸くたどり着いたホテルではテレビニュースが「ユクレイン危機」「クライミア」と大騒ぎしていた。初めは音声しか聞いていなかったので、何の話だか良く分からない。クライミアとはクリミア半島で、ユクレインがウクライナ共和国だと気付くのに暫くかかってしまった。

 CNNでは最近出番の少なかった大西洋・欧州学派の識者たちが水を得た魚のようにしゃべりまくっていた。彼らの分析はさまざまだが、今回の事件が冷戦後欧州における初の「力による現状変更」という点では一致していた。今の主流の考え方は、ロシアによるクリミア侵攻がウクライナの将来だけでなく、今後の欧州情勢全体を左右する戦略的に重大な転換期だということらしい。

 結局初日はほぼ半日テレビニュースに齧りつく破目になった。ブレジンスキー、オルブライトなど往年の民主党系東欧専門家に交じって、子ブッシュ政権2期目で北朝鮮を担当したクリス・ヒル元国務次官補まで登場したのには苦笑した。この人、結局アジアは理解できなかったが、ロシア・東欧のことはそれなりに理解しているようだ。

 それはさておき、当地では筆者が最も尊敬する旧友である元クリントン政権高官からウクライナ問題についてじっくり話を聞けた。筆者が下手な知ったかぶりをするより、ここでは彼の意見をご紹介しよう。彼の分析はこうだ。

 ●今回のクリミア侵攻は、衰退するロシアの苦し紛れの反撃というよりも、1994年に出来上がった冷戦後欧州の基本的枠組みに対するあからさまな挑戦と見るべきだ。

 ●こうしたプーチンの行動は「現実離れした妄想」などではなく、むしろロシア民族主義に基づき周到かつ戦略的に計画・準備されたものだ。

 ●プーチンは西側とチェス・ゲームを戦っているのであり、欧米諸国はこの事件を契機に対ロシア政策を根本的に再考する必要があるだろう。

 以上の彼の分析が正しいとすれば、当然東アジア諸国も従来の政策を戦略的・地政学的見地から見直す必要があるということ。筆者のつたない見立ては次の通りだ。

 ●オバマ政権が打ち出したアジア「リバランス」政策の前提は「欧州は平和、中東での戦争は終了、だからアジアを重視」というものだった。

 ●しかし、今や欧州が緊張し、中東も不安定化必至となれば、当然アジア重視政策へのインパクトも不可避となる。

 ●特に、ウクライナ問題に関する米国の対応次第では、中国に誤ったシグナルを送ることにもなりかねない。

 ●具体的には、米国の対応が不十分ならロシアのクリミア併合は黙認され、中国の人民解放軍は東アジアでも「力による現状変更」が可能と誤解する可能性がある。

 ●逆に、米国がロシアをクリミアから放逐すれば、新たな現状を維持するため欧州への追加的関与が必要となるので、人民解放軍は「米のアジア重視政策は終わった」と誤解するかもしれない。

 ●さらに日本にとって注意すべきは、ウクライナ問題を解決して欧州方面の戦略的安定を確保しない限り、ロシアは極東での中国の潜在的脅威を実感しそうもない、というジレンマがあることだ。

 逆に言えば、ウクライナがロシアへの反抗を続ける限り、中国は対ロシア関係を懸念する必要がないということでもある。この点でも、日本と欧米は微妙な戦略的相反関係にある。クリミアは日本にとって対岸の火事どころか、欧州・中東・東アジアの将来を左右する戦略的問題だ。この機会に日本は改めてユーラシア大陸を地政学的に見直すべきではないだろうか。

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