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2013.11.29

対中国、イラン―歴史が語る「宥和外交」の限界

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2013年11月28日)に掲載

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 先週は駆け足で中国の上海・蘇州から北京を回ってきた。蘇州では日本の大手空調メーカーの現地生産工場を見学し、その見事な人事管理システムに大いに感銘を受けた。北京では某有力大学で英語による講義を行い、世界各国から集まった学生のレベルの高さに驚かされた。

 というわけで、今回の中国出張については書きたいことが山ほどあるのだが、22日に帰国後、大きなニュースが立て続けに飛び込んできた。1つは23日の中国国防部による東シナ海防空識別圏の設定。もう1つが24日のイラン核問題に関する暫定合意だ。蘇州と北京の話は次回以降書くこととし、今回はこの2つのニュースを取り上げる。

 まずはイラン核問題から。何とも中途半端な合意だと直感した。イランと米英仏露中独(P5+1)が核問題に関し暫定合意に達し、濃縮度20%のウラン生産を停止することなどを条件に、対イラン経済制裁を一部緩和するのだそうだ。

 合意内容は既に報じられているので、ここでは繰り返さないが、同合意をいかに解釈するかは今後北朝鮮問題を考える上で日本にとっても重要だ。現時点での筆者の見立てをご紹介しよう。

 第1はイランの意図だ。この暫定合意により、イランは本気で核兵器開発を断念したのだろうか。大いに疑問である。インド・パキスタンが既に核武装し、北朝鮮もこれに続いた。核兵器を持たなかったイラクのフセイン大統領は打倒され、核武装した金王朝は生き延びている。イスラム共和制の延命を図るイラン政治指導者が簡単に核兵器開発を断念するとは思えない。

 第2は米国の慎重さだ。オバマ政権の中東「不介入主義」は既にエジプトとシリアで証明済みである。今回も対イラン軍事介入という選択肢はないだろう。ケリー国務長官の言動を見ていると、どこか腰が引けている。イランがこうした米国の足元を見ている可能性は十分あるだろう。

 最後は、サウジアラビアを中心とする湾岸アラブ諸国とイスラエルの懸念だ。両者間の対立が容易に払拭されるとは思わないが、イラン核武装に対する懸念と米国の及び腰外交に対する不信だけは両者に共通している。

 この暫定合意なるものを読んで、筆者は1994年を思い出した。当時は北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)の特別査察を拒否しNPT(核拡散防止条約)脱退を表明するなど、朝鮮半島は戦争の瀬戸際にあった。ワシントンの日本大使館で勤務していた筆者は一時、第二次朝鮮戦争を覚悟したほどだ。しかし、同年10月、枠組み合意が一転成立した。対北朝鮮攻撃という選択肢は回避され、北朝鮮は重油などを獲得した。だが、肝心の核兵器開発自体は結局放棄しなかった。

 もちろん当時の北朝鮮と現在のイランが同じだとは言わない。今回の暫定合意が成功することを心から祈っている。しかし戦略的な意見の相違が戦術的な暫定合意では解消されないという点で両者は不気味なほど似通っている。

 東シナ海における中国の防空識別圏に関する対応も同様だ。海上保安庁と海警という、海軍ではない、海上警察組織がある海上とは異なり、空中に「航空保安庁」はない。今回の中国側措置に安易な妥協は無用だ。米国などとともにハイレベルで中国最高政治指導部にこの危険性を伝え、理解させる必要がある。

 もちろん、宥和外交にも利点はある。相手に一定の善意があれば、こちら側の宥和的態度により相手方の譲歩を引き出すことも可能だろう。しかし、万一先方に善意がない場合、宥和外交は致命的な失敗につながる。1938年のミュンヘン会議当時、欧州の人々は平和を確信し、対独宥和策が失敗することなど考えもしなかった。私たちはこれと同じ過ちを繰り返してはならない。

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