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2011.04.08

政治任用制度の研究(4):政治任用職を目指す人々のためのケーススタディ ~今なぜ「政治任用」なのか?

シリーズコラム『政治任用制度の研究:日本を政治家と官僚だけに任せてよいのか』

  • 宮家 邦彦
  • 研究主幹
    宮家 邦彦
  • [研究分野]
    外交・安全保障

 最近日本の統治機構が音を立てて崩れ始めているような気がします。元々日本の政治意思決定プロセスは迅速ではありませんが、それにしても最近の政官の動きの鈍さ、体たらくは目に余るものがあります。
 内外の政治・経済情勢が益々複雑化する中、情報革命により政治局面転換のスピードは飛躍的に高まりました。にもかかわらず、政治家は難しい政治決断を回避し、バラマキ政治と官僚バッシングに忙殺されているようにしか見えません。
 一方、官僚たちも政策立案への関与を許されず、政治家を恐れて逃げ回ってばかり。政策のプロとしての矜持はどこに行ったのでしょうか。いずれにせよ、今のままでは日本が国家として立ち行かなくなることだけは確かでしょう。
 最大の原因は従来の「政」・「官」関係が変質してしまったからだと思います。これまでのような政治・行政の協同作業が消滅し、両者をつなぐインターフェイスもなくなったため、正しい政策がタイミング良く立案・実施されなくなっているのです。
 だからこそ「政治主導」が必要重要なのだという主張もありました。しかし、政治家が官僚を活用せずに素人行政を行うのが「政治主導」だとか、官僚バッシングが「政治コントロール」とでも言わんばかりの態度には正直なところ閉口します。
 「政治主導」といっても、「政治」には「総論」と「各論」があると思います。「総論」は天下国家の大局的方向を決めるような政治判断であり、「各論」とは法律に基づく行政事務と政治との接点にある領域での政治判断です。
 第二次大戦後の日本政治の最大の汚点は、政治家たちが政治の「総論」と自らの選挙ばかりに時間を割き、細かくて面倒な「各論」部分の調整は、政治判断も含め、全て各省庁の官僚組織に丸投げしたことでした。
 かくして許認可権を握る一部官庁の高級官僚は、行政上の「権力」に加え、国会議員を凌ぐ「政治力」まで手に入れました。しかし、「政治裁量」という禁断の果実を食した官僚組織は、政財界からの陳情・接待攻勢を受け、結局は堕落していきました。
 官僚組織が国民の信頼を失ったことは事実です。しかし、政治家が政策作りのプロである官僚を排除するばかりでは、官僚組織のモラルハザードを一層深刻化させ、結果的に日本全体の統治能力を低下させるだけでしょう。
 こうした現状を少しでも改善し、日本という国家に相応しい適切な外交・安保、経済・財政政策を立案・実施するためには、そろそろ日本にも日本型「政治任用制度」の導入を真剣に検討する必要がある、というのが私たちの問題意識です。
 高級官僚のみに「各論」を任せることが不健全であることは明白です。他方、何年かに一度選挙の洗礼を受ける職業政治家が、面倒な「各論」のすべてをコントロールすることも事実上不可能でしょう。
 政治任用職が行う仕事は、まさにこの「各論」部分なのだと思います。政治任用職は、政治と行政のインターフェイスとして働き、政治家とともに政治的責任を自らとる、言い換えれば、官僚とともに政策の企画・立案に取り組むことにより、官僚機構が持つ長所を引き出しつつも、同時に彼らを政治的責任から守る。これによって初めて、官僚組織は本来の政策立案・実施機能を果たせるようになると考えます。
 2009年4月、私たちは以上のような問題意識から、将来政治任用職を目指す若者のために政治任用の研究を始めました。これから随時、具体的なケーススタディを通じ、政治任用職の仕事について具体的に論じていくつもりです。
 誤解のないよう申し上げますが、こうした研究は官僚組織に挑戦・代替しようとするものではなく、むしろこれを再活性化させようとするものです。現代日本の閉塞状況を打開する突破口のひとつとなることを祈っています。

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