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2018.08.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第112号(2018年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 6月27日深夜、各国メディアは、北京を訪れていたジュイムズ・マチス米国防長官に対して習近平国家主席が語った言葉を各地に配信した--「祖先から継承した領土は一寸たりとも失う事は出来ない(We can't lose even one inch of the territory inherited from our forefathers; 老祖宗留下来的领土一寸也不能丢)」。かくして平和と繁栄を目的として、具体的行動を模索する冷静な国際対話を忍耐強く重ねる事の重要性が一段と高まっている。


 こうしたなか、世界政治経済の将来を左右する米国政治の現況を理解するのは本当に難しい。

 小誌の2でPew Charitable Centerの小論(Obama Tops Public's List of Best President)とWall Street Journal紙の記事(The Trump Divide Grows Wider)を採り上げたが、加えて友人達とはスタンフォード大学のフィオリーナ教授の著書(Unstable Majorities, Hoover Institution Press, 2017、小誌1月号参照)やプリンストン大学のマッカーティ教授の著書(Polarized America, 2nd ed., MIT Press, 2016)等の文献に関し語り合った。現在の米国政治は"変幻自在の生き物"のようなもので、それが世界の将来の"鍵"を握っているために厄介千万だ。世界中に張り巡らしたGlobal Value Chains (GVCs)を持つ日本も気が気でない。

米国の友人は、英国人ジャーナリストであるエド・ルース氏の近著(The Retreat of Western Liberalism, 2017)の中で言及された米国東部海岸の或るエリートが発した"驕慢な"意見を筆者に紹介してくれた。

 世界の政治経済システムに関し"正確な情報をわずかしか持たない投票者(low-information voters)"の選挙権は剥奪すべきで、「そのために"参政権資格試験(a franchise test)"を実施すれば米国政治が今より良くなる」という驚くべき意見だ。

筆者は友人に対し「そんな事を言ったら、米国務長官を務めたエリフ・ルートがForeign Affairs誌の創刊年(1922)に載せた小論(A Requisite for the Success of Popular Diplomacy)の時点にまで時代が遡っちゃうよ」と語った。

 ルート長官は「愚かな専制君主の誤った政策を修正するには革命のような過激な方策しかないが、公衆の愚かな政策は、彼等に対する啓蒙と公論によって修正可能」と論じPopular Diplomacyを主張した。しかしPopular Diplomacyは、英国の名外交官ハロルド・ニコルソンがDiplomacy (1939; 3rd ed., 1963)の中で述べた通り、性格上不安定だ。現にナチ政権下ではゲッベルスが国民啓蒙・宣伝(Volksaufklärung und Propaganda)という名の下に国民を洗脳した。しかし、国民をナチ政権が洗脳出来たのは、経済的困窮の最中にフォルクスヴァーゲン(国民車/Volkswagen)と共に国民ラジオ(Volksempfänger)を国民に提供し、しかも外国の放送を聴くことが出来るラジオの所有を禁止し、情報統制を行ったからなのだ。

こうして今、①正確な情報を探索しつつ良識に基づき冷静な判断力を有する公衆と、②"民衆を卑下・嫌悪する性格(demophobia)"を持たず、公衆に対して真摯に語りかける政治家・専門家の存在が求められている。そしてこの両者の間に"架け橋"を築く事こそ、think tanksの使命なのだ、と筆者は友人に語った。

 こうして友人達に対し「ボクは未だ米国に希望を抱いている--米国の研究者とジャーナリズムの存在、またトランプ氏による政策転換の過ち--嘗ての"慈悲深い大国(benevolent power)"から"痛罵し吝嗇漢的大国(abusive and stingy power)"への転換--に気付き始めた米国一般市民。この両者こそ、米国の将来に希望が持てる重要な要素だ」と語った次第である。


 欧州の友人達が8月の北京で開催される第24回世界哲学大会(World Congress of Philosophy(WCP))に参加する予定で、筆者の参加予定を尋ねてきた (この世界哲学大会 (Its Theme: "Learning to Be Human/学以成人")は、小誌74号 (2015年6月)の中で既に触れている)。2010年、北京大学の高等人文研究院創設と同時に院長としてハーバードを去られた杜維明先生と、米国で先生を囲んだ仲間が数年ぶりに集う絶好の機会だと友人達は言うのだ。

 哲学好きの友人達との集いは嬉しいが、残念ながら筆者は今秋の英国での発表準備で忙殺されており、また専門が哲学ではない理由から今回の訪中を諦めた。因みにWCPの第1回会議はパリでアンリ・ベルグソンが中心となり開催された伝統を持つ。中国訳("性理学")を襲用せず、独創的にphilosophyを"哲学"と訳出した西周の故郷(日本)は驚いた事に過去に一度もWCPを主催した事がない。日本人の将来における哲学的対外発信能力に期待しているのは筆者だけではあるまい。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第112号(2018年8月)PDF:338.5 KB

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