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2018.06.01

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第110号(2018年6月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 先月東京で、豊富な海外経験を持ち、歴史にも造詣の深い友人と会食する機会に恵まれた--そこで感じたのは「歴史は難しい」という事だ。話の中心は日本でも公開が始まった英国の映画Darkest Hourだった。

 この映画は第二次世界大戦中、チャーチルの首相就任前日(1940年5月9日)から、6月4日の本土決戦を覚悟した首相による議会演説(the "We shall fight on the beaches" speech)までを描いたものだ。映画の中で史実と異なる部分に関し、英国の友人達は"A little learning is a dangerous thing(生兵法は怪我の元)"と厳しい評価を下している。同映画を年初に観た筆者も違和感を抱いたが、対独講和派のハリファックス外相と対立するチャーチル首相の描写を、単純に"映画"として楽しんだ。そして「5月17日の早朝にパリでの英仏最高軍事会議(SWC)からロンドンに戻った首相が、同日の日本大使館での午餐会に参加した時の様子も映画の一場面として入れて欲しかった」と冗談交じりに英国の友人達に伝えた次第だ。

この歴史映画は興行的に成功し続編としてヤルタ会談を描く映画の制作が予定されているらしい。恐らく1945年2月における米英ソ3ヵ国の首脳の間での駆け引きが中心となるだろうと楽しみにしている。

 ソ連の対日参戦がヤルタで確認され、その後の4月5日には「日ソ中立条約」不延長が佐藤尚武駐ソ大使に通告された。在スウェーデン日本公使館駐在武官の小野寺信陸軍少将や宮川舩夫(ふなお)在ハルピン日本総領事は、"ソ連参戦"を察知するが、日本の指導者は気付くどころか、ソ連を連合国に対する仲介役として期待していたのだ。一方、米国のTIME誌(4月16日号)はトップ記事"So Sorry, Mr. Sato"を掲げて「日ソ中立条約」の不延長を伝えた。日ごとに烈しさが増す沖縄戦の長期化と忍び寄る冷戦を予感した同誌は、ソ連参戦に関して"What Next? . . . Many London and Washington officials were sure that Russia was coming in -- maybe soon"と記した。その後の8月9日、ソ連の満洲侵攻に対し殆ど無警戒だった関東軍総参謀副長松村知勝少将は、「国境付近の軍人家族および在留邦人には後退勧告をなすべきであった」と戦後記している。そして今、当時の在外日本人のなかにopen-source intelligenceとしてTIME誌を読む人がいなかった事に驚いている。


 本当に歴史は難しい。勝海舟大先生も『氷川清話』の中で、次のように語っている。

 「幕府が倒れてから僅かに三十年しか経たないのに、この幕末の歴史をすら完全に伝へるものが一人もいない」と述べ、その理由は「当時にあってゞさへ、局面の内外表裏が理解なかった連中だ。それがどうして三十年の後からその頃の事情を書き伝へることが出来ようか」と語り、そして「今から十年も二十年も経て、その故老までが死んでしまった日には、どんな誤りを後世に伝へるかも知れない」と、後世を憂慮しつつ述べている。

しかも我が国の歴史教育は古代史・近世史(ローマ帝国や江戸幕府等)に関して詳しい一方、世界大戦等の現代史に関して手薄になっており、政策担当者ですら史実を知らずに発言することがある。

 例えばヒトラーの政策に関する事実誤認だ。「ヒトラー神話(der Hitler-Mythos)」--優れた経済政策によってドイツ国民を心酔させた--を残念なことに一般市民と共に信じた専門家さえいる。世界史に詳しい方はご存知の通り、例えば失業対策(Arbeitsschlacht)は、ゲッベルス啓蒙宣伝相による巧みな情報操作がなされて、その実績が著しく誇張された。また有名なアウトバーン建設はヴァイマール時代の1926年から開始されたもの(HaFraBa)であり、ヒトラー自身は最初反対していた。ところがその後、軍用道路の重要性に気付いた結果、戦時経済の政策の一つ(Reichsautobahn)として採用されたのだ。


 さて5月中旬、日本銀行の東善明氏と会食を楽しんだ--北京事務所長として5月末に赴任するとの事で彼の活躍を祈っている。東氏とは2人で中国の金融問題に関する小論を著したが、様々な人々から助言・建設的批判をもらい、また他の本(China's Superbank, 2013)の中で言及された事が嬉しい。また尖閣問題を巡ってHarvardの中国研究者団体から講演依頼を筆者が受けた時、東氏に唯一の日本人として聴衆に加わって頂いた。

 講演前に教授達から「ジュン、殺されないように」と冗談交じりの警告を受けたが、「中国の教養ある人は礼節を弁えているから安心だし、もし日中友好のために傷つくなら本望」と答えた。会合は無事成功したが、東氏の言葉を今も鮮明に覚えている--「栗原さん良かったです。でも、将来(英語ではなく)中国語で講演すれば、もっと良くなるのでしょうね」、と。東氏の北京滞在中に自らの中国語を少しでも洗練し、中国の友人達と胸襟を開いて意見交換をしてみたい。



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