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2017.08.29

人類と「知の統合」: 専門家に課される使命とは

電気新聞「グローバルアイ」2017年8月23日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 セルビア人と知り合った"ご縁"で、テニスのノバク・ジョコビッチ選手を応援して数年が経った。第2シードで臨んだ7月のウィンブルドンでは、残念なことに肘の痛みから、準々決勝で途中棄権し、今季後半、錦織圭選手同様、治療に専念するという。

 ジョコビッチ選手の試合後のコメントは意味深長だ。「治療に関し、専門家は曖昧で相反する意見を述べ、誰も明確な助言をくれない」と語り、最後にはセルビア語で手術を望まない旨を本音で語った。知人と筆者は、「本当の専門家は、仮説や前提を重視するため、曖昧な意見しか言えない」と語り合った次第だ。ノーベル物理学賞受賞者の赤崎勇先生も、どんな科学技術も百パーセント完全でないため、謙虚に望むことを強調されている。とはいえ、自然環境問題や政治経済動向は全人類に影響を与えるがゆえに、誰にとっても「単純明快で分かりやすい解説」が求められるのは当然だ。日進月歩の情報通信技術(ICT)分野でも、人工知能(AI)は人類に幸福をもたらすのか、それとも失業をはじめとする不幸をもたらすのか、専門家の間で意見が対立している。ロボットに関してもすぐれた汎用性ゆえに産業分野に加えて軍事から医療、更には教育や介護に至るまで活用が望まれており、プライバシー等倫理問題も絡んで、議論百出の様相を呈している。

 核兵器の開発史を概観するまでもなく、専門家の社会的責任は、全人類、しかも幾世代にわたり影響を与えるがゆえに全ての人々の判断と評価を考慮する必要がある。かくして同一専門分野内および異なる専門分野の間での意見交換、更には専門家と一般人との間での意見交換が、理性的かつ忍耐強く行われることが必要となる。ただ、これは「言うは易く行うに難し」の典型的な事態である。

 これに関しセルビアの知人から興味深い意見を聞いた。それは「教科書・入門書の功罪」だ。専門家と一般人との間には、特定分野の知識量と事態の認識能力に大きな差がある。このため一般人が特定の専門分野を学ぶ際、教科書・入門書を読むことが最も有効な手段だ。しかも入門書は「単純明快で分かりやすい解説」で書かれていることが大切だ。ところが、この教科書・入門書が伝える「単純明快で分かりやすい解説」こそ、「複雑で難解な専門知識」に対する阻害要因となる危険をはらんでいるのだ。換言すると、一般人は入門書を読了した時点で専門知識を「完全にマスターした」と錯覚し、それ以上の関心・知識欲を喪失するという危険性が存在する。

 この初歩的知識と専門知識との間に存在する危険性を認識した或る英国の学者は知識を5種類に分けている。まず、誰もがうなづく知見として、酒場のビール・マットの上に書かれたウィットに富んだ短い標語のような知識。第二が大多数の専門家が同意した定説が存在する基礎的知識。第三がビール・マット上の書かれた知識と専門分野の定説を含んだ教科書・入門書が伝える知識、第四が専門分野の定説を超越して未開の領域を開拓するための専門知識。そして最後が異なる専門知識を統合し、人類の幸福に貢献するための知識だ。

 セルビアの知人が次のように語った--我々は教科書・入門書の持つ功罪を認識し、自然環境問題を含む人類の平和と繁栄のため、異なる専門分野の人間が「知識の統合化」を念頭に対話を続けなくてはならない。筆者も彼の考えに同意しつつ、今月下旬と9月下旬に内外で開催される国際会議に参加するつもりである。

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