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2017.01.10

人工知能とロボティクスの政治:思わぬ米国の弱点と日本の強みの可能性 〜補完関係に向かって〜(下)

  • 櫛田 健児
  • International Research Fellow
    櫛田 健児
  • [研究分野]
    Political Economy, Information Technology, Politics

(5)日本がAIとロボティクスで注目される理由

 そこで日本の事情とAI、ロボティクスのアメリカとの決定的な違いの話になる。日本では極度の少子高齢化で、人手不足が深刻化しており、AIとロボティクスは救世主として扱われている。もちろん、職を奪うという心配はあるが、現在の日本での雇用状況が、少なくとも人々の意識ではアメリカとは決定的に違うのである。

 アメリカ国内での格差の深刻さを、選挙結果を通して改めて実感している人が多いので、やはりAIとロボティクスは雇用以外の論点がなかなか出てこない。しかし、日本ではあらゆる分野でAIとロボティクスのポテンシャルが、多くの場合は好意的に論じられている。今更日本向けに各事例を並べる必要もないが、次のような例を紹介した。例えば日本の農業では、農業を営む人の平均年齢が65歳を超えていたり、耕作放棄地が数年で倍増していたりするので、人手不足の解消に向けての取り組みが進んでいたり、日本には地理的に不向きな「規模の拡大」を目指すのではなく、ハイエンドの果物や野菜の出荷につながる技術開発のインプリメンテーションが進んでいる。実際にはアジア中のハイエンドなスーパーには日本から空輸で運ばれて来た果物や野菜が並べてある。農業系のスタートアップも日本国内で急速に増えているし、政府からの研究資金も増えて追い風となっている。地方の過疎化と急速な高齢化で介護の現場や老人のケアの情報をまとめる機能、健康状態や異常がないかどうかをモニタリングする必要性といった、大きなディマンドがこれから日本で爆発的に伸びる。そしてすでに実用化されている介護用アザラシ型ロボットの「パロ」などを見ると、平均的な日本人は「怖い」と思うのではなく、「かわいい」と感じることが多く、「癒し」を提供することに成功している事例などがテレビ番組で好意的に扱われている。また、ソニーの犬型ロボットのAIBOが、長年共にしてきたオーナーを幸せにし、テレビ番組にはソニーからの正規のサポートが終わっているので地域の発明屋さんが修理をしていて、直ったAIBOを本当に嬉しそうに扱っているオーナー老夫婦などを映し出していて、番組の取り上げ方が皮肉ではなく、本当に機械がこの人たちに幸せを与えているという論調だと説明したのが、アメリカのオーディエンスには新鮮だったのである。特に、まだ解決していない情報プライバシーの問題が上手に解決された場合、世界にとって非常に貴重な「マシンと人間のインターフェース」や行動パターン、及び情報システムデザインに関する知識が日本から出てくる可能性があるという側面が興味を引いていた。

 そしてウーバーなどは日本のタクシー業界の反対があり、浸透していないが、アメリカとは異なるパターンでの自動運転の普及が進む可能性もある。日本では政治的な力学によって過疎地帯でも道路などのインフラは整っているところがほとんどなので、特に鉄道が廃線になっているところでバスが伸びているが、ネックはドライバーが足りないところにある。従って政治的な反対があるタクシーではなく、過疎地域の重要な足となるバスの方が自動運転の導入にポテンシャルがあるのではないかということも、アメリカとは逆なのでショッキングだったようである。

 また、日本の製造業を支える技術者の多くは年齢が上がり、次の世代にどうやってその技術を教えるのかというところも論点となっているが、ここにもAIとロボティクスのポテンシャルを見出しているところがある。工事現場でも、熟練の操縦士不足を補う形で、初心者でも熟練の動きができるシステムがついたコマツの重機のインプリメンテーションが進んでいる。

 日本政府も、アベノミクスで経済を刺激するために多くの資金を研究機関などに投入している。例えば理化学研究所が民間企業と協力して作った革新知能統合研究センターは数千億円の研究予算を得る見込みで、内閣府、経済産業省、国土交通省、農林水産省など、複数の省庁で研究プロジェクトや協議会などが進んでいる。もちろんアメリカの各省庁などは興味を示しているが、こういった順風満帆の状態では全くないし、新政権では逆風になりかねない。

 これは日本のチャンスであるはずである。しかし、何のチャンスなのだろうか。この辺の議論をしっかりしないとまずい。

 グーグルが所有するビッグデータや、莫大な投資と世界トップの技術者たちを集めて作ったデータセンターのプロセシングパワーと、DeepMindのような先端のAI開発は、アメリカ、特にシリコンバレーにおいて、日本に比べて競争力があるのは事実だと考えていいはずである。しかし、AIやロボティクスを社会に浸透させる力と、浸透させることによって得られるデータは、日本のポテンシャルとしての強みのはずである。



(6)「日本のチャンスとは何か」を冷静に分析する足がかり

 どんな場面でも「日本の底力」などというキーワードを使い、なぜか的外れな盛り上がりを見せる産業分野がいくつも過去にはあった。例えば2000年代初頭に液晶テレビなどの到来で家電が「デジタル家電」となっていた頃に、なぜかしきりに日本のメディアやそこそこ知見がある人々は「日本はデジタル家電に強い」ということを言っていた。これはアメリカから見て、普通に考えたらデジタルになったら擦り合わせの部分が極端に減り、コモディティ化が一気に進んで日本企業が最も比較劣位にある競争の力学になりそうだと思ったのだが、案の定そうなってしまった。

 次に「日本のものづくり力は凄い」という話を多く聞いたが、これも多少危険な論点だった。というのは、非常に競争力が高い製造業関係の中小企業と大企業は数多くあったが、そもそも「ものづくり力」の考えの詰めがあまく、「じゃあ競争力があるものづくり系の技術やビジネスと、そうでないものづくり系のところはどう違うのか」ということが分からなくなる議論だった。そうなると「日本はものづくり力が強いから」という、思い込みからパフォーマンスの判定をしてしまうメンタルトラップに陥りやすい。その結果、実際に韓国だったり、中国企業までもが特定の分野で世界のトップを走る技術力を持っていても、日本国内の議論とはかみ合わなくなってしまうのである。例えばアップルのMacBook Airなどのノートパソコンに使われていた電源ケーブルは磁石で本体と繋げるので、足が引っかかったりしてコードが引っ張られても、本体に損傷無く外れるMagSafeという仕様が広く使われていた。これをなぜ日本のメーカーは20年くらい前から標準装備していなかったのだろうか?「ものづくり力」で考えたら日本勢が最初にやっていたはずだ。しかし、アップルのデザインのもと、量産したのは台湾のホンハイだったわけである。そのあと、「いいアイデアなのですぐに取り入れる」という日本企業の歴史的なお家芸であるはずのキャッチアップも行われないまま大手は次々にノートパソコン事業から撤退し、サプライヤーもそういった技術開発を行って来なかった。これはなぜなのか、ということを真剣に問うべきだったのにもかかわらず、「ものづくり力信仰」に陥ってしまい、「日本企業のものづくり力の弱さ」はどこの領域にあるのかというスタート地点からの議論を展開することができなかったのである。

 ではこの話をAIとロボティクスに当てはめると、「日本はロボットが得意」という信仰が生まれかねない。確かに、世界のトップを走る研究開発や実証実験は数多くある。しかし、全体がそうなのかというと、そうとは思えない理由がいくつもある。人材プールにしても、シリコンバレーは驚くほど高い報酬で世界中からトップ人材を集めるほど資金が潤沢に回っている。教授も研究員も大学から続々と引き抜かれ、そのあとを埋めるべく大量の学生や研究員がトップの大学研究所に流れ込んでいる。

 日本のポテンシャルが「社会への浸透と、そこから取れるデータ」ということだとすると、それは誰が行うのか。日本の大学や理研のような研究機関の研究者、および日本企業は非常に有力だが、それだけだとどう考えてもプールが小さい。したがって、グーグルや、その他の新しいスタートアップも「日本を活用」することが必要なはずである。グーグルはすでに日本で大きなオペレーションを行っているが、優秀な人材の多くはデータさえあれば日本にいなくてもいいのである。スタートアップも、データを集めるために地に足がついた事業を行う場合は日本にいなくてはいけないが、データを分析するのは日本国内にいなくてもいいのである。

 では日本として、日本から出てきたデータを国外で、日本とは関係ない人たちが分析して価値を生み出す場合、その力学とどう向き合うべきなのだろうか、ということを真剣に考えなくてはいけない。単純にデータを「国外持ち出し禁止」などにしてしまうと、日本を助け得る新しい技術が生まれない可能性があるし、他に先を越される可能性がある。しかし、データだけを出すことにより、日本も恩恵を受けるかもしれないが、他のところも、他の企業も恩恵を受けるという可能性とはどう向き合うべきなのだろうか。日本企業が頑張って何らかの形で間に入るという手はある。データを最もバリューがある形にして提供するには日本独自の知識が必要かもしれない。しかし、まだまだコラボレーションとバリュー創造のメカニズムのパターンは分からない。でも今すぐに真剣に向き合わないと、せっかくの機会を逃す恐れがあるので、政府にも企業にも研究者にも真剣に考えて欲しい。


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