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2016.12.28

DeepMindのAIの衝撃、アメリカの選挙結果の衝撃、そして人工知能(AI)による 雇用への衝撃と世界における日本のポテンシャル

  • 櫛田 健児
  • International Research Fellow
    櫛田 健児
  • [研究分野]
    Political Economy, Information Technology, Politics
(1)DeepMindの衝撃

 2016年の4月に、グーグルの人工知能(AI)、DeepMindによって作られた囲碁を行うコンピュータープログラム、AlphaGoによって囲碁の世界チャンピオン、イ・セドルが敗れた。囲碁はチェスなどに比べて桁違いに情報処理能力が必要とされるので、囲碁の世界チャンピオンが機械に敗れるのは数年先かと専門家の間でも思われていたが、今年、あっさり機械が勝ってしまった。これが一つ目の「DeepMindの衝撃」である。

 しかし、2016年のDeepMindの衝撃は始まったばかりだった。7月に、グーグルはある発表を行った。それによると、グーグルは自社のデータセンターの空調のオプティマイゼーション(効率化)をディープマインドに任せたのである。グーグルは検索エンジンを提供する「軽い」会社だと思われることがあるが、実は相当な設備投資を行う会社で、同社のデータセンターは1000億円規模で、世界中にたくさん展開している(その数と所在はセキュリティーの都合で公開されていない)。そのデータセンター群の消費電力は、世界の消費電力の0.01%にもなるとグーグルは試算している。この巨大設備の空調の効率化は節電に直結し、コスト削減が見込めるので、グーグルはこれまでかなりオプティマイゼーションを進めてきた。

 しかし、ディープマインドにこの空調の効率化を任せたら、空調の効率が4割も上がったのだ。これで15%もの節電につながったのである。これが二つ目の「DeepMindの衝撃」である。囲碁で世界チャンピオンを破った程度では、「じゃあリアルの経済活動でこのAIはどう役立つのか」という疑問が残ったが、この空調の効率化は紛れもないリアル経済での劇的な効力の証明だった。

 ただ、AlphaGoやデータセンターの効率化にディープマインドが使われた時には、グーグルはどの程度のプロセシングパワー(情報処理能力)を使っていたのかは外からは分からない。でもグーグルのデータセンターは、未だにムーアの法則(18カ月から2年ごとに半導体チップに乗るトランジスターの数が倍になっていくという設計目標)をたどって2年以下でそのプロセシングパワーと情報蓄積能力が倍増している。



(2)DeepMindの本当の衝撃は「シロモノAI」のポテンシャル

 ディープマインドの本当の衝撃は、それが一般向けに、例えば月額数千円で提供されるようになるときである。言ってみれば「シロモノ家電」ならぬ「シロモノAI」の到来である。

 勝負所が「良いAIを作る」というところから「いかに早く、効果的に、そしてクリエイティブな形で世界トップクラスの外部調達AIを使えるか」ということになる。例えばビジネスで活用するためのタブレットを、わざわざ独自の技術でカスタマイズした社内用のものを億単位の投資で作るのではなく、市販のiPadを簡単に調達し、組織内での効果的な使い方に注力したほうがどう考えてもいいのと同じ考えである。

 今、色々なロボティクスから解析サービスが「独自のAI」を作りあげてサービスやものを動かしているということを謳い文句にしている企業が多いが、独自に作ったAIアルゴリズム(要するにパターン認識)と、グーグルが世界トップの人材を集めて、ほぼ上限なく資金を投入し、多分世界で最も多くデータを持っているだけではなく、1000億円規模の世界中にあるデータセンターが作り上げたAIエンジンと、どちらに優位性があるだろうか?少なくとも、コスト面と、常に最新のコンピューターサイエンスの理論のブレークスルーの最前線にいる人材を次々に取り入れるグーグルのサービスの「鮮度」にかなう企業は今の所考えにくい。

 外から調達したAIのエンジンをどう使うかは企業にかかっている。歴史的に、どんな技術も、その使い方次第で企業の命運が分かれることが多い。



(3)アメリカの選挙結果の衝撃

 世界中のほとんどの人の予想に反して、アメリカの大統領に政治経験が全く無いビジネスマンが選ばれた。選挙を勝つためのレトリックは過激だったが、実際の政策はどうなるのかはまだ分からない。シリコンバレーの代表的な企業との会合を開く一方で、世界中の科学者たちが立証している気候変動が嘘であると言い張る人を環境省のトップに置く人事などを発表している。

 しかし、トランプのレトリックにも、対する民主党のヒラリー・クリントンのレトリックにも共通していたテーマがあった。それは「グローバル化によって失われたアメリカ国内の雇用に対する対応措置」というものであり、双方ともこの論点を大きく前面に出した。トランプ氏の場合は、アメリカが現在加入している貿易協定を廃止し、交渉中のTPPも捨て、海外に雇用を移すアメリカ企業に対し、将来の政府調達の可能性を拒絶するという暗黙のプレッシャをマスコミも使ってかけるというものだった。クリントン氏もTPPには消極的な姿勢を見せ、とくに中西部などの経済的に取り残された地域の住民の票を追った。

 普通に考えてもそうだが、色々な経済分析を見ても、アメリカの工場などでの雇用の低下は自由貿易のみのせいだったわけではない。明らかに自動化の波もあったのである。そしてアメリカ企業が工場を再びアメリカに建てるという動きはあっても、それは大規模な雇用を生み出すとは限らないのは目に見えているはずである。ロボティクスとAIの発展で、無人工場の生産性とコストパフォーマンスがこれから飛躍的に伸びる時代の直前まで来ている。カリフォルニア州にある電気自動車のテスラの生産ラインなどを見ると、驚くほど無人化が進んでいるのがいい例である。

 そしてここでDeepMindの衝撃が産業界にやってくる。DeepMindが様々な産業プロセスのオプティマイゼーションに使われると、いよいよアメリカ国内での製造業の雇用は激減する可能性が高い。

 アメリカの大統領選を、もし民主党のクリントン氏が勝っていたなら、福祉や再教育といった社会保障関連の政策を、多少でも充実させる方向に政策は動いたはずである。しかし、共和党の経済政策は減税が中心となり、経済学的には実証されていない「富裕層と企業の減税によって低所得層にも富が流れ落ちる」というイデオロギーに沿った政策となり、トランプ氏はこの路線を維持する方向に動いている。これはトランプ氏の支持層の中で非常に大きな影響力を持った中流以下の、特に経済的な「負け組」の人たちの苦難を増幅させることになるが、それでも彼らをレトリックや外部的要因のせいにして取り込めると見る共和党や、トランプ氏自らが政治家ではないので後が無くても気にしないという姿勢がある。



(4)実際に職を奪うのは「自動化」

 拙著、『アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)で詳しく述べているが、今、アメリカのシリコンバレーでベンチャーキャピタル投資を受けて急速に成長しているスタートアップ群は、人間しかできなかった作業をソフトウエアのアルゴリズムで自動化させることで破壊的なイノベーションの波を作り続けている。

 人間の活動の自動化は、あらゆる領域に広がっている。車の運転まで自動化させているので、これから産業での劇的な自動化の波は必然である。クラウドコンピューティングという、今まで希少リソースだった情報処理能力と貯蔵のキャパシティは、グーグルやアマゾン、マイクロソフトといったグローバル企業の膨大な設備投資によって豊富なリソースとなった。これらの企業の巨大データセンターは1000億円以上の規模のものを世界中にたくさん所有していて、最近、シスコシステムズなどの歴史的なシリコンバレーの大手も1000億円規模の投資を捨ててクラウド市場から撤退するという現状である。

 コンピューティングリソースが希少リソースから豊富なリソースになると、あらゆるものにセンサーを埋め込んで情報をとって(いわゆるInternet of Things)それを分析にかけ、今まで自動化できなかったプロセスを自動化できるようになる。金融の分野でも、様々な分析やコンシューマ向けのサービスも、低いコストでカスタマイズできるようになる。こういった力学でホワイトカラーの様々な職も、ブルーカラーの多くの職も機械に置き換わる。



(5)Intelligence Augmentation(IA)の視点と日本のポテンシャル

 ここまでは人工知能(AI)の急速な発展と、アメリカがこれから直面する劇的な雇用の減少の可能性について述べてきたが、人工知能の分野でもIntelligence Augmentation (IA)というものがあり、この考え方と実装のポテンシャルを紹介したい。

 人工知能の開発の歴史には、大きく分けて二つのパラダイムがある。一つは、人間を置き換える、普段考えられているAIで、人間の脳の機能を真似する「ニューラルネットワーク」などの研究に現れる。もう一つのパラダイムは、人間の能力を拡張する「Intelligence Augmentation」というもので、人間を置き換えるのではなく、人間の能力を高めるけれども人間は残す、というものである。後者は、例えば「目標設定をして人工知能にオプティマルな方法で達成してもらう」という典型的な人工知能のプロセスを使うと、もしかしたらオプティマイゼーションの方法が予期せぬ方向に流れ、人間社会としては受け入れがたい結果になるという可能性を懸念している開発者たちが後押ししている。また、「すぐには完全自動にはならないので、まずはIA」という方向で急速に開発と実装が進んでいる分野が数多くある。

 例えば、工事現場の重機などを作っているコマツの取り組みが非常に面白い。コマツはオーストラリアなどの巨大な鉱山に使う大型ダンプトラックの完全自動運転システムを2008年から展開していて、最近発表したソリューションはまさにIAのパラダイムに沿っている。従来なら10年ほどの熟練オペレーターしかできなかった作業を、非常に経験が浅い人材でも行えるようなシステムを導入している。重機の様々な部分に埋め込まれているセンサーからリアルタイムで情報を取り、それに基づいて間違いを犯す前に寸止めしたりできるというのだ。

 このIAの実装パラダイムは非常に重要である。つまり、初心者が熟練の仕事をできるというわけである。日本の課題は、少子高齢化で様々な分野における熟練不足なので、まさにこの「初心者をスキルアップさせる」IAはうってつけなのである。



(6)政策議論の日米差と日本の今後のポテンシャル

 アメリカなどで前面に出ている「人工知能によって職を奪われる」という簡単な話でもなければ、「人工知能でローエンドの仕事が自動化されるのでハイエンドに動かなくてはならない」という単純なものでもない。人工知能によって機械に置きかわる雇用の数を予想したオックスフォード大学やマッキンゼーのレポートなどがあるが、これらは全て既存の仕事を「自動化されるか否か」に分けて足している手法なので、この「ロースキルの人材が熟練の仕事をこなせるようになる」という可能性は全く含まれていない。

 日本では熟練の労働やスキルを持った人が足りなくなるので、コマツのようなIAは広く社会に受け入れられる可能性は高い。そして日本で開発されたシステムや、実装された経験は、今後世界にインパクトを与える可能性は十分あると考えている。その形は直接日本企業がシステムを展開するのか、あるいは海外の企業が日本で実績を上げるのか、それとも日本国内で起こっていることを模範例として他のところで似たようなものを開発して広めるのかはまだ分からない。しかし、「AIの衝撃」と「アメリカ大統領選の衝撃」が、日本にとって思わぬ形で世界への影響力を強める可能性を作り出しているので、是非この機会を活用してほしい。その第一歩はこのポテンシャルがあるということの認識から始まる。

 そしてこのコラムを書き上げる直前に、サンフランシスコでUberの完全自動運転タクシーサービスが(無許可で)始まった。AIの衝撃はまだこれからだが、IA実装のポテンシャルに日本のチャンスがあるという考えは変わらない。



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