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2016.08.22

中国市場で再燃、日本企業のガラパゴス化現象-対中投資積極化に動く世界の潮流から取り残される日本企業-

JBpressに掲載(2016年8月18日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係
対中投資積極化に動く欧米・韓国企業

 昨年11月、アジア太平洋政策に詳しい米国の政府元高官が来日した際に朝食を共にした。開口一番、「日本の大企業や政府関係者と面談したが、彼らの中国経済に対する見方が極端な悲観論に傾いているのに驚かされた。日本はこれで大丈夫なのか?」

 彼の言葉通り、その懸念が現実のデータとして現れ始めている。

 今年上半期の主要国の対中直接投資額の前年比の伸び率は、米国+50%、ドイツ+90%、英国+169%、韓国+18%、台湾+34%、フランス-41%、日本-14%。日本とフランス以外の主要国の対中投資額が大幅な伸びを示している。

 ただし、フランスは昨年が前年に比べて72%も急拡大したため、今年はその反動が出ただけで、一昨年に比べれば若干増加している。2014年以降減少し続けているのは日本だけであり、その下落幅も大きい(図表1参照)。



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図表1 主要国の対中直接投資額の推移(単位 億ドル)
(注)2016年のデータは上半期の前年比を基に年率換算して算出。(資料 CEIC)



 この統計データは実際の投資動向に比べて1年ほど遅れで動くことが知られている。したがって、欧米主要国等の対中投資姿勢が積極化し始めたのも今年からではなく、2、3年前からである。

 この点について日本および外資企業の投資動向を詳しく把握している専門家に確認したところ、それは中国現地で感じられる実感どおりであるとの答えが返ってきた。欧米企業の姿勢の変化はリーマンショック後の世界経済不況から欧米諸国が徐々に回復に向かい始めた時期とも符合している。

 これに対して、日本の対中投資は統計上2014年から急落しているが、実際に急落したのは尖閣諸島領有権問題発生直後の2013年以降である。

 昨年4月の日中首脳会談以降、日中関係は徐々に改善には向かっているものの、南シナ海問題や尖閣諸島周辺海域での中国公船の航行増加など新たな摩擦の火種もあり、その改善テンポは遅く、日中関係の先行きに対する不透明感が払拭できていない。このため、日本人全体の対中感情の改善も鈍い。

 そうした状況が日本企業の対中投資姿勢にも影響しており、依然として日本からの直接投資のほとんどが既存進出企業の再投資の拡大であり、新規投資は殆ど見られていない。

 再投資についても日本企業は総じて慎重姿勢を崩していないため力強さを欠いており、2、3年前から積極姿勢に転じている欧米企業との違いが明確になってきている。

 前出の対中投資動向に詳しい専門家によれば、最近中国で開催された子供服や食品の大規模な展示会の会場には中国全土から1日数万人が来場した。欧米企業や韓国企業はこぞって巨大ブースを出展し、中国の顧客向けの広告・宣伝活動に注力していた。

 その中にあって、主要国の中で唯一日本だけ主力企業が出展せず、大きな展示ブースもなく、ごく一部の地方の無名企業が出展するだけで、日本の存在の希薄さが際立っていた様子を見て強い不安を覚えたと言う。

 この状況について、その専門家は、「主要国の世界トップクラスの競技者が中国市場で開催されるオリンピックで熾烈な戦いを繰り広げている中にあって、日本だけがオリンピックへの参加をボイコットしているような印象を受けた」と語った。



ガラパゴス化現象の再燃

 かつて日本の携帯電話、パソコン、デジタルテレビ放送などは世界トップクラスの技術力を持っていた。それにもかかわらず、海外市場での展開に消極的だったため、日本国内市場だけでしか普及せず、グローバルスタンダードからかけ離れた存在となってしまった。

 これが「ガラパゴス化現象」である。

 技術力は世界トップクラスであるにもかかわらず、経営者の内向き志向が原因で世界市場から取り残されたことは明らかな失敗だったと認識されている。

 いま世界の主要なグローバル企業が巨大な資本と優秀な人材を投入して戦っている中国市場を見ようとしない日本企業経営層の内向き志向は、ガラパゴス化現象の再燃のように見える。

 海外市場のニーズに合わせた製品・サービスの開発・販売に消極的な内向き志向が原因でグローバル市場から取り残されて巨大なチャンスを失ったことは周知の事実となっているにもかかわらず、多くの企業において学習効果が見られないのは不思議である。

 もちろん、自動車関連、小売り、生活用品など一部の日本企業は中国市場で積極的にビジネスを展開し、大きな収益を上げている。しかし、それは日本企業全体の1~2割に過ぎず、大半の日本企業は中国リスクを過度に懸念し、中国市場のチャンスを真剣に見ようとしていない。



背景にある中国市場に対する認識不足

 多くの日本企業経営者が中国市場の変化や欧米企業の投資姿勢の積極化に気づいていないのはなぜか?

 その答は2012年の尖閣諸島領有権問題を巡る反日デモの激化を機に多くの経営者が中国出張の回数を減らした結果、中国市場を自分の目で見る機会が少なくなり、極端な悲観バイアスのかかったメディア情報を鵜呑みにするようになっているからである。

 日本のメディア報道を担う現地の記者の中にも本社の対中悲観バイアスに対して批判的な見方は多いが、本社編集責任者の見出しのつけ方や記事の取り扱いの大きさに対しては不満があっても口出しできないのが実情である。

 メディア内部でそうした葛藤があるにもかかわらず、多くの経営者はその事情を知る由もなく、悲観的な中国観を修正することなく経営を続けている。

 例えば、主に重工業の動向を反映する経済指標である李克強総理指数では最近のサービス産業がリードする中国経済の動向を分析できないこと、中国国内で得た利益を配当金として日本に送金することについての制約はなくなっていることなどは、中国経済に精通した記者に聞けば、言うまでもない常識であると教えてくれる。

 しかし、それを分かりやすく繰り返し報道するメディアはないため、いまでもそうした基本的な事実を理解している経営者は少ない。

 ただし、中国に年数回程度出張する経営者であれば誰でも知っている事実であるため、それを知らないのはメディア報道のせいだけではない。

 日本の多くの経営者が中国市場に対する関心を失うか、あるいは過度に慎重になっている間に、中国市場では大きな構造変化が生じた。2010年以降の中国市場は、次の3つの変化が生じたため、以前の常識では理解できなくなっている。

 第1に、投資主導から消費主導へのシフトである。中国のGDP(国内総生産)成長率は、2010年頃まで、輸出・投資主導の時代が続いていた。

 しかし、2011年以降は2013年を除き、一貫して消費の寄与度が投資を上回っている。特に今年の上半期はGDP成長率に対する消費の寄与率が73.4%に達した。

 第2に、2010年以降、中間層が急増し、高付加価値の製品・サービス需要が急拡大している。1人当たりGDPが1万ドルに達した都市の人口の合計は、2010年に1億人だったが、2013年には3億人を超えた。

 足許は4億~5億人と見られており、2020年には8億~9億人にまで達する見通しである。この人口が日本企業の潜在的顧客層である。

 第3に、沿海部主導から内陸部主導の経済成長へと変化した。北京、上海、広州などの沿海部主要都市はすでに先進国並みの所得水準に達しており、徐々に安定成長期に入りつつある。

 これに対して、内陸部の武漢、重慶、成都、西安等の主要都市は高度成長を続けている。欧米・韓国企業が特に注力しているのはこの内陸部市場の開拓である。

 多くの日本企業の経営者は以上の3つの構造変化を認識していないため、約10年前の中国経済観を前提に中国ビジネスを判断しているのである。



武漢で見られる日本企業の積極姿勢

 すべての日本企業がガラパゴス化しているわけではない。経営者が中国市場をよく理解している一部の勝ち組企業は中国市場の新たなチャンスを的確に捉えて、大きな収益を確保している。

 7月下旬に武漢市に出張したが、当地では日本企業の活力がみなぎっている。武漢市には武漢鋼鉄という巨大国有企業があり、6000人規模のリストラが進行中である。

 それにもかかわらず、武漢経済は今年上半期のGDPが7.6%と引き続き好調を持続している。実際に武漢市内の高層マンション、オフィスビル建築や地下鉄工事の状況を見ると、8~10%の成長率を維持しているように見えるほど街中が大規模工事現場である。

 武漢在住の日本企業幹部は、武漢市民の旺盛な消費意欲を目の当たりにしているため、生活実感としてスローダウンを感じていないと語る。

 特に、昨年12月にイオンの武漢2号店が開業した後、日本企業にとっての追い風が一段と強まっている。同店はイオンモールの中でもアジア最大の規模で、530メートル四方の3階建てで駐車場の収容台数は4500台である。

 このモールが完成した後、家族揃ってイオンモールで食事と遊園地とショッピングを同時に楽しむことが武漢市民にとって最もトレンディな週末の過ごし方になったと聞く。ちょうどその頃から武漢市内の日本料理店も急増するなど、武漢市全体が日本に傾斜している。

 しかも、最近の日本車の販売好調を背景に、当地の自動車関連企業は休日出勤をしなければ受注をこなせない状態になっており、毎月1、2社ずつ日本企業の進出増加が続いている。本年4月から成田へのANA直行便(1日1便)が就航し、日本との往来も各段に利便性が高まった。

 現地ではいま、日本人学校と総領事館設立待望論が高まっており、関係者はその実現に向けて各方面に働きかけているなど、現地の日本企業関係者の積極的な姿勢が目立っている。



日本企業がガラパゴス化現象から抜け出す方法

 企業経営者が中国経済に対する過度な悲観論を払拭するには現地に足を運んで、自分の目で実情を見るのが一番である。昨年もある経済団体から訪中ミッションの訪問先について相談を受けた際に、迷わず武漢を推薦した。

 訪中団が12月に武漢を訪問した後、経済団体内部で出張報告を行ったところ、その後団体の会員企業の間では以前のような過度な悲観論を述べる人は見られなくなったと聞いた。

 急速な構造変化が進行中の巨大な中国市場でビジネスを本格的に展開するには、経営トップの社長自身が経営組織体制の変革を含めて重要な決断を下すことが必要である。ボトムアップ型のコンセンサスが形成されるのを待っていると、その間に中国市場が大きく変化してしまい、ビジネスチャンスを失うからである。

 このため、社長自身が中国市場を十分理解し、自ら最終的な経営判断を下さなければ中国ビジネスでの成功は難しい。それには社長自身が年に5~6回は中国に出張する必要がある。

 しかし、それを実践するにも最初のきっかけが必要である。北京と上海にだけ年1~2回しか訪問しない経営者の方々には、是非一度、武漢、重慶、成都、西安のどれかを訪問し、いまの中国経済の変化の大きさを肌で感じることを勧めたい。

 それに加えて、中国から日本へのインバウンド旅行客の急増が持続している原因を考えてみてほしい。

 昨年の中国株暴落、最近の円高・元安、南シナ海を巡る摩擦、中国経済の減速など、頭で考えればマイナス材料ばかりである。

 しかし、中国から日本を訪問するインバウンド旅行客はそうしたことには関係なく、昨年の499万人、前年比2.1倍の激増に続き、今年も上半期だけで307.6万人、前年比+41.2%と猛烈な勢いで増加している。

 その背景は中国国内での中間層の急増である。その中間層こそ中国市場における日本企業の顧客層である。

 新聞を読む際にも国際面の中国経済報道だけでなく、決算発表など企業情報面の記事の中に含まれる中国情報にも注目してみてほしい。最近は中国ビジネスにおける日本企業の二極分化が顕著となっているため、中国事業の業績好調企業の情報に注目することが大切である。

 以上のような視点から中国ビジネスを再検討することにより、1社でも多くの日本企業が中国市場でガラパゴス化現象に陥らないようになることを期待したい。


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