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2015.12.03

「小康」社会掲げる5ヵ年計画

電気新聞「グローバルアイ」2015年11月25日掲載

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 10月下旬に北京で五中全会(第18期中央委員会第5回全体会議)が開催され、来年からスタートする第13次5カ年計画が審議された。11月3日に同会議で承認された5カ年計画の政府提案の全文が公表された。主要目標として、GDPと国民の収入レベルを2020年までに2010年の2倍に引き上げ、「小康」社会、すなわち、いくらかゆとりのある社会を実現することを掲げている。そこで強調されているのは経済水準の数値目標である。

 「小康」というのは中国の伝統的な概念であり、衣食住が満たされ、比較的余裕のある生活を送れる経済社会水準を意味する。「小康」社会を中国の経済建設のひとつの達成目標として掲げたのは鄧小平氏であり、最初にこの目標を持ち出したのは、1979年に同氏が大平首相と面談した時だったと言われている。この概念は抽象的なものであり、数量化が難しい。「小康」の実現には一定の経済水準に到達することが求められるが、厳格な数値目標にこだわる必要はない。

 筆者は中国において「小康」社会の実現に必要なGDP、あるいは国民の収入レベルは2010年頃に概ね達成されていたのではないかと考えている。しかし、中国は貧富の格差が大きいため、平均値がそのレベルに達しても、依然貧困層の人々が多く、その生活水準は「小康」とはほど遠いものだった。

 とは言え、中国経済は以前のような貧しい国ではなく、世界の中である程度胸を張れるだけの経済水準に達したというイメージが広く国民の間で共有され始めた。そう思わせた主な要因は、リーマンショック後の深刻な世界経済不況から中国だけが1年で立ち直り、アジア経済、引いては世界経済の支えとなったことにある。それが多くの中国人に大きな自信を持たせ、もう我々は貧乏な途上国ではなくなったとの実感を共有させた。GDPの規模で日本を抜いて世界第2位の経済大国になったことも自信につながったはずである。

 中国は鄧小平氏が唱えた「轁光養晦」(強くなるまでは実力を隠して表に出さないようにする)という姿勢を対外的にずっと守り続けてきた。しかし、2010年頃以降、広く中国国民の間に、もう我々は十分発展を遂げており、実力を隠さなくてもいい時代になったという思いが共有され、対外的な強硬姿勢を強めていった。この事実から見ても、中国国民が経済力としては「小康」社会をほぼ達成したとの実感を持つようになっていたと推測できる。

 しかし、対外的にはそう感じることができても、国内の経済社会の実態は「小康」とはほど遠いレベルだと多くの国民が感じていたはずである。それはなぜか。平均所得水準は上昇しても、国民全体が安心して暮らせる経済社会水準には達していなかったからである。貧富の格差、都市農村格差、地域格差、年金、医療・介護、環境、司法、行政、財政、税制など国民生活上の問題を解消するために必要な社会制度の整備が追い付かず、多くの国民の不安が解消されていなかった。本当のゆとりある「小康」社会はそうした生活面の不安が解消されて初めて実現する。

 そう考えれば、いま中国政府が目指すべき目標は明らかである。第13次5カ年計画が目標とする所得倍増を達成したとしても、国民が安心して暮らせる社会が実現しなければ「小康」社会が実現したとは言えない。厳格な数値目標達成より国民が安心して暮らせる社会の実現を優先する政策運営を習近平政権に期待したい。

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