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2015.08.27

中国政府の改革へのチャレンジと失敗 -手痛い市場の洗礼に学ぶべき教訓は何か-

JBpressに掲載(2015年8月20日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 習近平政権は前政権が実行を先送りしたために積み残された様々な重要改革に取り組んでいる。昨夏までは改革の計画策定段階だったが、昨秋以降、徐々に改革実践のフェーズへと入ってきている。

 すでに2つの重要改革にチャレンジしたが、その実践過程で市場から予想外の厳しい洗礼を受けた。政策実行の理念や方向は正しいが、実行段階に入ると思わぬ壁が待ち受けていたのである。

 以下では、そのチャレンジの中味と教訓について考えてみたい。


1.地方財政の管理強化

 昨秋以降、地方政府の財源調達に関する管理が強化された。昨(2014)年9月21日、「地方政府の債務管理の強化に関する国務院の意見」という行政命令が発表され、地方政府の税金以外の財源調達方法に対する管理が強化された。

 これにより従来は地方政府が返済を保証していた金融機関からの借り入れについて、地方政府による保証が認められなくなり、金融機関自身が地方政府の個別プロジェクトの内容を審査して、それに対する貸し出しを実行するか否かを判断するよう命じられた。

 また、もう1つの財源調達方法として地方債の発行が認められるようになったが、それについても政府が満期償還を保証することは許されない。金融機関などの機関投資家が地方政府の財務内容を見て地方債の安全性を判断し、発行金利水準や購入額を決める。

 金融機関からの借り入れについても、地方債の発行についても、それらによって調達された財源がどのようなプロジェクトに投入されるのかが金融市場参加者によって厳しくチェックされる仕組みが導入されたのである。

 その政策理念は地方政府の安易な投資拡大に歯止めをかけるために市場メカニズムを活用するという正しい考え方に基づくものである。
 これまではプロジェクトの中身を十分確認せずにどんどん投資を拡大し、不動産開発関連の不良債権や製造業の過剰設備の拡大を招いた地方政府に対して、財政健全化を求める切り札として有効に作用することが期待される内容である。まさに経済構造の贅肉を削ぎ落とし、筋肉質な構造へと改善を目指すニューノーマル政策の基本方針に沿った政策である。

 しかし、そこから生まれた結果は全く予想外のものだった。

 地方政府による保証が認められなくなったため、地方政府プロジェクトのデフォルトリスクに対する金融機関の警戒心が高まり、地方政府向け貸し出しおよび地方債の消化(=購入)の双方に対して極めて慎重な姿勢をとるようになった。

 その結果、地方政府は昨年10月以降、突然財源難に陥った。財源がなければ地方政府プロジェクトの実行は不可能である。全国各地で多くの地方プロジェクトが止まり、地方財政支出の急速な減少がGDP成長率を大きく押し下げる圧力となった。

 偶然にも株価の急騰による金融取引の拡大が下支え要因となってGDP(国内総生産)成長率は安定を保ったが、中国経済にとって深刻なマイナス要因を生んでしまったのである。

 地方財政の健全化を目指すという政策目的は正しかったが、それを地方財政の現場で担う地方政府と金融機関が必要な実務能力を備えていなかったため、思わぬ事態を招いてしまった。

 この政策が発表される直前に徐才厚(元人民解放軍ナンバーツー)、周永康(元政治局常務委員)という大物が反腐敗で逮捕されていたことも、地方政府上層部の慎重姿勢に拍車をかけた。

 中央政府は事態の重大さに驚き、様々な対策を打とうとしたが、結局まともな方法では問題を解決することができず、今年4月以降、非常手段に打って出た。

 すなわち、市場のチェック機能による地方政府の財源リスク管理の強化という大方針をわきに置いて、とりあえず目先の地方政府の財源確保を優先した。金融機関に対して、従来通りの水準まで地方政府に対する貸し出しの実行と地方債の引き受けを行うよう命じたのである。

 これによって、6月以降地方政府の財源調達の目処が立ち、8月頃には地方プロジェクトが再び動き出すようになると予想されている。

 とりあえず、マクロ経済への深刻なマイナス効果は食い止めることができた。しかし、目先の景気対策を優先せざるを得なかったため、習近平政権が目指した市場機能の活用による地方財政の健全化という初期の政策目的の実現は先送りされた。

 ただし、今回の措置により市場のチェック機能を活用する仕組みは出来上がっているため、今後徐々にその機能を発揮させていくことは可能である。


2.市場実勢に基づく人民元為替レート決定方式の導入

 8月11日(火)午前9時半頃、中国人民銀行(中国の中央銀行、日本で言えば日銀)が、人民元レートの基準値(その基準値を基に日中のレート変動の上限と下限が決定される)の算定方式の変更を発表した。

 これは為替レート決定の自由化を進めるための1つのステップである。

 中国では管理変動相場制の下、毎日の為替市場の取引開始時に当日の為替取引の基準となる為替レートが発表される。そのレート決定の透明性を向上させるため、前日の為替相場の市場実勢が翌日の基準値に反映されやすくすることが今回の措置の目的である。

 中国の為替レートは2005年7月に固定相場制から管理変動相場制へと変更された。今後これを完全自由な変動相場制に移行していくには2つの重要な変更が必要である。1つは基準値の市場実勢化であり、もう1つは日中の為替レート変動幅の拡大である。

 今回の措置は前者の促進だった。基準値の算定方式については、管理変動相場制への移行直後から、市場実勢を反映していないとの批判が強かった。今回の措置はその批判に応えたものである。

 基準値算定方式の変更にはかなり前から準備が必要であり、新たに算出される基準値が従来に比べ若干の元安方向に振れることは事前に分かっていたと考えられる。このため、輸出の数字が弱いタイミングを狙って実施すれば、わずかながら輸出促進効果があることも想定の範囲にあったと思われる。

 そこで、7月の輸出の数字が前年を下回ることが発表された直後に基準値算定方式の変更を実施した。ここまでは政府の想定通りだったはずである。人民元安はあくまでも副次的効果であり、主目的は為替市場の透明性向上にあった。

 ところが、その直後に発表された固定資産投資、消費などの主要経済指標が軒並み弱い数字だったため、市場は人民元売りに傾いた。

 従来であれば、取引開始時に基準値を決定する時点で元安が加速しないよう相場操作が可能だったが、新たな算定方式の下ではそれが難しくなった。そのため、市場実勢を反映して元安が進行してしまった。

 そこで中国人民銀行は為替レートの急速な変化を防ぐためにすぐに市場に介入し、元高誘導を行った。以上が中国政府の意図だったと筆者は理解している。

 しかし、日本のメディアの多くは今回の基準値算定方式の変更は元安誘導による輸出促進が主目的だったと決めつけた。

 輸出促進をするには数パーセント程度の切り下げでは不十分である。アベノミクスが輸出促進に効いたのは1ドル=80円から120円へと50%も円安にしたからである。もし輸出促進を狙うのであれば、3~4%程度の元安でしかないタイミングでわざわざ介入して元高誘導を行うはずがない。この単純なロジックを適切に解説した日本のメディアは見当たらない。

 以上の為替レート基準値算定方式の変更においても、前述の地方政府の財源管理強化の時と同じく、中国政府は厳しい市場の洗礼を受けた。

 基準値変更が目指した政策目的は、市場実勢に基づく為替レート決定の透明性向上であり、為替市場の自由化推進という大方針に沿ったものだった。しかし、市場との対話に慣れていない中国政府は不用意なタイミングでこの措置を実施したため市場が敏感に反応し、予想以上の元安を招いた。それが中国経済の実情を理解していないメディアの悲観的なバイアス報道と相まって世界の為替市場を混乱させてしまった。

 為替レート決定に市場実勢を反映させることを目指した政策は正しい考え方に基づくものであったが、その実行を担う部門が市場との対話に不慣れだったため、政策意図が誤解され、生まれた結果は全く予想外のものとなってしまった。


3.株価暴落後の市場介入による買い支え

 上記の2つの事例とはやや異なるが、6月の株価暴落時の対応に際しても中国政府は厳しい市場の洗礼を受けた。

 政府が市場に介入すれば市場は正常な機能を失う。今回の株価暴落の前提を作ったのは4月21日の人民日報に掲載された、「4,000はブル市場(上昇相場)の始まりに過ぎない」という題名の記事だった。

 政府がさらなる株価上昇にお墨付きを与えたものと理解され、予想以上の株価急騰をあおってしまった。6月中旬になって政府は行き過ぎた株価急騰の抑制を図るために信用取引規制の強化を行った。それが引き金となって市場は暴落した。あまりの暴落に慌てた政府はなりふり構わず市場に介入した。

 悪意の空売りを行った投資家の拘束、個別の上場企業の判断による急落の恐れのある株価の売買停止(約半数が停止)、証券会社、国有企業などによる、政府命令に基づいた株式買い支えなど、先進国では考えられない行政介入が行われた。

 一連の行政介入によって株価の下落には歯止めがかかったが、株式市場本来の市場メカニズムに基づく株価決定機能はほぼ麻痺してしまった。一連の措置で市場に投入された政府関係資金が市場から退出する時に市場の暴落リスクが生じることも懸念されている。

 そうしたリスクへの対応に配慮しながら市場機能を回復させるのは容易ではない。市場関係者によれば正常な状態を回復するには2~3年を要すると見られている。


4.厳しい市場の洗礼から学ぶべき教訓

 以上の3つの失敗事例に共通してみられるのは政策意図が正しい(株式市場への介入は正しいとは言えないが)にもかかわらず、中国政府が市場の反応に慣れていないため、実行のプロセスで思わぬ結果を招いてしまったという点である。

 現在、習近平政権が目指す改革の大きな方向は市場メカニズムの導入、政府の行政介入の縮小、政策措置の透明性の向上等による経済構造の効率化と合理化である。その主な政策の柱は、国有企業改革、金融自由化、地方政府の行財政・司法改革などである。

 いずれも市場メカニズムの活用による行政介入の代替という基本理念に基づくものであるが、それを実行に移す一つひとつの政策措置において、中国政府は市場との対話の難しさに直面している。

 中国が市場経済を経済政策運営の土台として導入し始めたのは1990年代前半以降である。現在の指導者層は50代後半から60代前半が中心であるため、人生の3分の2程度は市場がない時代だった。その世代にとって市場との対話は難しい。しかし、構造改革の推進は市場との対話なしには進められない。

 習近平政権は本気で改革の実行にチャレンジしていると評価されている。改革へのチャレンジをやめて先送りすれば、10年後の中国経済が混乱に陥るリスクが高いという危機意識は政府指導層で共有されている。その危機意識が失われない限り、改革へのチャレンジは継続されるはずである。

 その過程で、上記のような厳しい市場の洗礼を今後も繰り返し経験することになる。その苦しさに耐えて、最終目標の改革実現を目指し続ける勇気が習近平政権に問われている。上記の失敗の経験はその覚悟を固めるためのいい教訓となることを期待したい。


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