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2015.07.24

改革断行の正念場を迎えた習近平政権-ニューノーマル政策を巡り、政府内部の意見が対立-

JBpressに掲載(2015年7月21日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 先月末、国家発展・改革委員会と世界銀行が主催する、中国経済に関するカンファレンスに出席する機会を得た。

 中国側は、項懐誠元財政部長(日本の財務大臣に相当)のほか、発展・改革委員会の幹部職員に加え、官僚OB、大学やシンクタンクの経済専門家などが40人程度、海外からは米国の中国経済専門家および世界銀行のエコノミストなど12人が出席した。

 日本からの出席者は私1人だけだった。

 正味3日間の会議で論じられたテーマは中国および世界のマクロ経済動向、中国の金融財政政策運営、シルクロード構想、AIIB(アジアインフラ投資銀行)といった中国の国際展開など、中国の金融経済動向を多角的な側面から論じるものだった。

 内外の著名な経済専門家が多く出席していたうえ、中国側出席者が現在の政策運営に対する批判的な意見を含む率直な議論を展開したこともあって、議論の中味は充実していた。

 私にとっては中国政府関係者が本音で何を考えているのかを理解するうえでも非常に貴重な機会だった。


■ニューノーマル政策への批判
 現在の習近平政権の経済政策運営の基本方針である「新常態」=「ニューノーマル」に関する議論も多く交わされた。日中の会議に加えて、夕食後に開かれた非公式な意見交換の場でもしばしば話題になった。

 ある程度予想されたことではあったが、ニューノーマルの政策運営方針を高く評価する意見は少なく、むしろ中国側の過半数の人々は批判的な見方をしているように感じられた。

 現在、中国政府はニューノーマルの政策方針の下、鉄鋼、造船、石油化学などの過剰設備の削減や地方の3~4級都市において不良債権化している不動産の処理を進めている。これに対して、現在の政策は厳しすぎると主張をする人がかなり多かった。

 そうした問題が深刻化している原因は需要不足にあり、もっと金融を緩和して需要を喚起すれば、設備の稼働率が上昇して過剰設備は減少し、不動産の需要も増大して不良債権化している不動産在庫も圧縮される。

 したがって、金融緩和による需要拡大促進が必要だとする意見が多く聞かれた。


■ニューノーマル政策批判に対する反論:今がラストチャンス
 こうした見方に対して、私は次のように述べて反対した。

 現在中国政府が進めているニューノーマル政策の本質は、成長率目標の適正化と投資の中味の筋肉質化であり、的確な政策運営である。現在の中国のマクロ経済のパフォーマンスを見ると、雇用も消費者物価も3年以上にわたって安定している。

 一般庶民が物価高に悩まされずに安心して生活できる期間がこれほど長く続いているのは1990年代前半に市場経済への移行を開始して以来初めてのことである。

 もしいまニューノーマルの政策運営を転換し、需要不足を補うために金融緩和を中心とする景気刺激策を実施すれば、短期的には過剰設備の一部が再稼働し、不動産需要も高まって、景気が良くなる。

 しかし、これは非効率企業の温存につながり、改革先送りを意味する。前政権の10年間はそれを繰り返してきた。その結果、習近平政権に多くの重要な改革の積み残しのツケが回され、構造問題が山積しているのである。

 ニューノーマル政策を堅持して過剰設備や不良債権化している不動産投資の処理を進めるのは多くの地方で痛みを伴う。それでも、今ここで再び改革を先送りすれば、中国はソフトランディングを実現するためのラストチャンスを失うことになる。

 数年後に高度成長時代が終焉して安定成長期に移行する中国経済にはその痛みを吸収する力はもう残っていない。そうした状況下で改革を推進すれば成長率が低下し、失業率が大幅に上昇し、政権に対する信頼が大きく傷つくことになる。

 これは政権基盤を根底から動揺させ、一党独裁体制の中国にとっては非常に大きなリスクとなる。7%程度の高い成長率を保っている今のうちに過剰設備を削減し、不動産の不良債権を処理することが、将来の中国経済の安定を保持するために不可欠の処方箋である。


■改革先送りはミドルインカムトラップを招く
 もしこのラストチャンスを生かすことができず、改革を先送りすればどうなるかについても述べた。

 今は7%程度の高い成長率を維持できているため、中国の多くの国有企業は一定の収益を上げられている。しかし、日本の経験では、成長率が4~5%の安定成長期になれば、国有企業の多くは高度成長期のような好業績を維持することができなくなる。

 競争力を失い、赤字に転落するはずである。国有企業の比率が高い中国でこれが現実のものとなれば、中国の産業競争力が低下し、輸出競争力も低下する。それは中国の輸出の伸びを低下させ、輸入を増大させ、貿易収支の赤字を招く。

 それが経常収支の悪化につながり、人民元安を引き起こし、輸入インフレを招く。インフレを防ぐためには金利を引き上げて引き締め政策を行うことが必要になり、失業率を上昇させる。

 これは現在、ブラジル、インドネシア、ロシア、トルコ、南アフリカなど中国以外の多くの発展途上国が直面しているミドルインカムトラップ(中所得国の罠)にほかならない。

 ミドルインカムトラップに陥ってから対策を打とうとしても手遅れである。景気停滞の長期化は不可避となる。だからこそ今のうちに国有企業改革を断行し、中国の産業競争力を強化することが極めて重要だ。

 産業競争力の強化を促進し、同時に海と陸のシルクロード構想やAIIBによってアジアのインフラ需要の掘り起こしに成功すれば、中国は貿易収支のバランスを保持し、中長期にわたって経済の安定を保つことが可能となる。

 こうした意見を述べたところ、数人の中国人エコノミストが私に握手を求めてきた。しかし、それは少数派であり、会場の多くの人々からは冷たい視線を感じた。


■日本でも改革派は少数派だった
 実はこれと似たような状況は日本でもしばしば経験したことがある。1990年代後半、日本でも構造改革推進派と既得権益擁護派の間で対立が先鋭化した。どこの国でも改革派は少数派である。

 経済全体のパフォーマンスが悪化する原因は、政府が採用している規制や税制が非効率な企業を温存する一方、競争力のある企業の新規参入を抑制していることによることが多い。

 代表的な事例を挙げれば、金融業界や石油業界における護送船団方式による非効率企業の保護、農業への企業の参入の厳しい制約、通信業・建設業・医療などの分野における競争制限など、日本も様々な問題を抱えていた。

 これに対して、既得権益擁護派の政府の役人などの前で構造改革推進の必要性を主張すると、かつての日本でもやはり冷たい視線を浴びた。それらの問題の多くが今も解決されずに残っている。


■ニューノーマル政策批判の背景は「欠乏経済」時代の発想
 中国は長年、基本的な生活物資やサービスの供給不足に悩まされていた。

 上記の会議中にも数人の中国人が指摘していたが、1990年代の中国は製品やサービスの質を問う前の「欠乏経済」の段階で、とにかく財・サービスの生産量を増やしさえすれば問題が解決されることが多かった。このため質は二の次であり、投資を拡大し、生産量を増やすことが最も重視された。

 しかし、今はすでに1人当たりGDP(国内総生産)が7,000ドルを上回り、量ではなく質が問われる時代に入っている。

 それにもかかわらず、一般の中国人の発想が最近の急速な経済構造の変化について行けていないため、多くの産業分野で依然として昔の供給量拡大重視の発想が残っている。これが現在の中国経済の様々な非効率を生み出す原因となっている。

 ニューノーマル政策はこれを抜本的に改めようとしているのである。

 今の中国にとっては、経済成長を適正な速度に保ち、非効率な設備や不動産を抱える企業を市場から退出させることが構造改革推進のうえで最も重要である。非効率な企業の業績までも改善するような景気刺激策は構造改革の推進を遅らせる。

 地方によっては、鉄鋼、造船、石油化学、硝子、セメントなどの産業分野で、従来の供給量拡大重視型の非効率な企業を多く抱えているため、ニューノーマルの政策がもたらす痛みの部分ばかりが目立っている。

 そうした地域では、頭ではニューノーマル政策の必要性が理解できても、目先の自分の利益に反するため、反発が強まることは不可避である。


■改革断行のために克服すべき課題
 失業手当の給付水準の充実、非効率な産業から効率的で競争力のある産業への労働力シフトを促す職業訓練施設の整備など、痛みを和らげるために必要な措置実施の遅れが痛みを深刻化させている。

 その背景には、反腐敗キャンペーンによって役人が社会的な厳しい批判に晒され、給与水準も福利厚生水準も低下したため、多くの役人がやる気を失っているという問題がある。それが痛みを緩和するために必要な政策の実行を停滞させている。

 近い将来、どこかの段階で反腐敗キャンペーンに一定の区切りをつけて、役人の意欲を再び掻き立てる措置が必要になってきている。

 しかし、反腐敗キャンペーンは習近平政権が国民の幅広い支持を得ている重要施策であるため、単純に中止することは不可能である。国民がある程度納得する形での着地点を探らなければならない。

 以上のように、ニューノーマルは的確な政策運営方針であるが、政府内部でも心情的にはこれに不満を持つ人はかなりの割合を占めているように感じられる。痛みが強まれば強まるほど長年慣れ親しんだ景気拡大重視路線に戻すことを望む声は強まっていく。

 しかし、その路線に戻り、改革実行を先送りすることは将来の中国経済の安定に致命的なダメージを与えるリスクを高める。

 習近平政権が今年から来年にかけて、この政府内部の動揺を抑え、ニューノーマル政策の推進を徹底し、改革を実行に移せるかどうか、まさに正念場を迎えている。

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