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2015.06.22

始まった日中外交の秋波往来:中国軟化の背景-さらなる融和のカギは戦後70年の総理談話と靖国参拝、そしてAIIB-

JBpressに掲載(2015年6月19日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

■改善し始めた日中関係
 昨(2014)年11月、北京でのAPEC(アジア太平洋経済協力)期間中に行われた日中首脳会談では、安倍晋三総理を迎えた習近平国家主席が顔をそむけたシーンが全世界で有名になった。

 あれから7か月が経過した。この間に日中関係は確実に改善方向に向かっている。その主な要因は中国側の歩み寄りである。

 日本側は一貫して中国側との対話を求めてきたが、昨(2014)年11月までは中国が頑なに拒絶していた。しかし、首脳会談実現後、その姿勢に明らかな変化が見られ始めた。

 昨(2014)年12月には日中省エネ・環境フォーラムが2年半ぶりに、今年3月には日中安保対話が4年ぶりに実現した。

 4月22日にはジャカルタで開催されたバンドン会議60周年記念式典に際して、2回目の日中首脳会談が行われた。この会談の実施には中国側の方がむしろ積極的だったと言われており、習近平国家主席も笑顔で応対した。

 4月末には日中韓環境大臣会合、5月5日に自民党の高村正彦副総裁を団長とする超党派の日中友好議員連盟と中国共産党序列3位の張徳江全人代委員長との会談、5月23日に自民党の二階俊博総務会長を団長とする日本の観光業界を中心とする3000人訪中団と習近平国家主席との会見など重要な交流が目白押しとなった。

 特に二階訪中団と習近平国家主席との会見は、翌日の中国国営放送CCTVの夜8時からのニュース番組においてトップニュースで報じられた。

 しかも、そのニュースは約10分に及ぶ習近平国家主席の歓迎スピーチのすべてに加え、二階総務会長および参加した日本企業メンバーのコメントまで報じるなど、全体で15分近い異例の力の入った報道だった。

 筆者はその日、たまたま上海滞在中でそのニュースを見ていたが、一緒にいた中国国有企業の幹部は、日中間の友好的な交流に関するこれほど長時間のニュース報道はここ数年見た記憶がないと驚いていた。

 さらに6月6日には北京で麻生太郎財務大臣と楼継偉財政部長(日本の財務大臣に相当)との間で日中財務対話が実現するなど、日中関係は明らかに改善に向かっている。


■日中関係改善に動いた中国側の事情
 以上のような日中関係改善の主因は、2012年9月の尖閣問題以後、交流を拒絶してきた中国側が歩み寄りの姿勢に転じたことによるものである。その変化をもたらしたのは主に以下の要因であると考えられる。

 第1に、中国経済の現状と先行きに対する懸念である。

 習近平政権は経済政策の基本方針として、「ニューノーマル(新常態)」という考え方を提示し、成長率の適正化と経済構造の筋肉質化を目指している。この政策はマクロ経済の安定にとっては的確なものである。

 しかし、実際に成長率が以前に比べて低下し、多くの非効率な企業が市場競争の中で経営難に陥っている現状には政府の内外を問わず、中国人が慣れていない。

 どの国でもマクロ経済政策が適切に運営され、構造改革がきちんと推進されていると、景気が過熱に向かわず、非効率な企業の淘汰が進む一方、産業別・企業別に業績のばらつきが顕著となる。

 このため、業績の良くない企業、業績不振企業が多く集まる地域の地方政府、およびマクロ経済政策を担当していない中央政府部門などではあまり評判がよくないのが常である。

 特に中国では前政権の10年間に過熱気味の経済政策運営が続いていたため、現在のニューノーマル方針に基づく適切な経済政策運営に慣れていない。それが経済の現状および先行きに対する必要以上の懸念の広がりにつながっている。

 こうした状況下、地元経済に新たな雇用、税収、資本、先進技術などをもたらしてくれる日本企業に対する期待は大きい。中国各地の地方政府は日本企業に対する誘致姿勢を積極化させている。そうした地方政府の意向を受けて、国有企業も日本企業との提携意欲が高まっている。

 第2に、最近の米中関係の悪化である。

 2013年11月に中国が一方的に防空識別圏を設定したことを機に、米国の対中外交はそれまでの協調重視姿勢から強硬姿勢へと転換し始めた。

 翌2014年4月には、バラク・オバマ大統領が日本を訪問した際に尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象であることを明言した。次いで5月には、米国が中国人民解放軍の5人の将校をサイバー攻撃による産業スパイの容疑者として起訴したと発表。

 その直後のシャングリラ・ダイアログ(シンガポールのシャングリラホテルで開催されるアジア安全保障会議)において、米国のチャック・ヘーゲル国防長官(当時)が、中国の南シナ海における行動を名指しで厳しく批判した。

 このように中国に対する米国の厳しい姿勢が明確に示されたのに対し、中国は米国に対する反発を繰り返している。最近も中国は南シナ海の岩礁を埋め立てて人工島を拡張しており、日本、豪州、アジア諸国等はそれを批判する米国を支持する動きを強めている。

 また、中国国内に拠点を持つハッカーが米国の400万人もの連邦政府職員の個人情報を盗み出したと発表されたこともあって、米中関係は依然厳しい状況が続いている。

 このような状況下、中国としては日本との関係も悪化したままであれば、アジア太平洋地域において孤立するリスクが高まることを懸念し、少しでも日本との関係を改善しようとしていると考えられている。

 第3に、中国国内政治における習近平国家主席の権力基盤の安定化である。

 中国では対日融和外交はナショナリズム勢力から厳しい批判を受けやすい。それが中国の国益にとって大きなプラスであることが分かっていても現実の政策として実践するのは難しい。

 そうした国内の批判を覚悟で対日融和外交を推進するには政権の安定的な政治基盤の確保が不可欠である。

 習近平政権は反腐敗キャンペーンや経済の安定保持等を梃子に年々政治基盤を強固なものとしてきている。特に昨(2014)年3月に徐才厚元中央軍事委員会副主席を拘束し、同7月には周永康元政治局常務委員を重大な規律違反で立件し失脚させた。

 この2つの出来事で示した習近平主席の決然たる姿勢が習近平政権の政権基盤を一段と強固なものとしたと見られている。こうした安定した政治基盤の確保が習近平政権による日中関係改善の促進を可能にしていると考えられる。


■今後の展望
 昨(2014)年11月以降の日中関係改善の流れがこのまま順調に続くかどうかは日中関係に重大な影響を及ぼすいくつかの要因に左右される。

 最も重要な鍵となるのは8月15日の戦後70年の総理大臣談話である。

 安倍総理としては、本年4月下旬にバンドン会議60周年記念式典でのスピーチと米国公式訪問時の上下両院合同会議におけるスピーチにおいて相次いで戦後70年の総括を行っており、8月の総理談話もその延長線上に位置づけられる可能性が高いと見られている。

 特に米国議会演説では謝罪という言葉は用いなかったが、第2次大戦メモリアルを訪問した時の想いとして、「深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました」という表現を用いて謝罪を表明したと受け止められた。

 その新鮮な表現が米国民の心に訴え、高い評価を得た。一部に謝罪の言葉を述べなかったことを批判する人々がいたが、大多数の高い評価によってかき消されて、メディアなどでもほとんど取り上げられなかった。

 8月の総理談話でもそれに類する表現が用いられれば、世界各国から評価され、中国もそれに対して厳しい批判を発表することは差し控えることが期待される。

 世界中が評価する総理談話の内容に対して中国、あるいは中国と韓国だけが厳しく批判しても、そうした批判は他国から支持されない可能性が高いと考えられるからである。

 総理談話と並んで重要な条件は、総理、副総理、官房長官、外務大臣が靖国神社への参拝を見送ることである。いくら総理談話が評価されたとしても、主要閣僚が靖国参拝を行えば、中国、韓国から厳しい批判を浴びるのは不可避であるのみならず、米国をはじめ世界各国からも不信感を抱かれることになる。

 以上のハードルを無事にクリアすることができれば、日中関係改善の方向はほぼ固まり、年末に向けて日中融和がさらに進むことが期待できる。

 そうなれば、経済面でもそれを後押しする材料が見られるはずである。

 まず、中国人の日本旅行ブームが続き、日本各地は「爆買い」の恩恵を受ける。また、円安が続き、日本企業が順調に中国国内市場でのシェアを拡大し続ければ、日本の対中輸出が徐々に伸び始める可能性が高い。

 同時に、多くの国民の反中感情を背景とする日本企業の対中悲観バイアスが徐々に修正され、対中直接投資の前年比伸び率もプラスに転じていくなど、明るい材料が続くことが期待できる。

 こうした流れをさらに決定づける材料と考えられるのが、日本のアジアインフラ投資銀行(以下、AIIB)への参加表明である。

 中国もAIIBを世銀やアジア開発銀行などのグローバルスタンダードに準拠した組織にする方向で努力していると伝えられている。その努力を実らせるためには国際開発銀行の運営実績において世界から信頼されている日本のサポートが必要と考えている。そのため、中国は4月以降も日本のAIIBへの参加を強く求めている。

 100%の満足レベルではないにせよ、日本がある程度許容できるような組織運営方針が明確になれば、来年以降の参加の可能性が出てくる。もし日本の参加が実現すれば、AIIBの組織運営がさらに改善され、アジアのインフラ整備の推進を通じて日中両国の共通利益を拡大させる土台が生まれることになる。これは日中の経済協力の基盤強化に大きな意味を持つ。

 さらに、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が成立すれば、中国はそれとの対抗上、日中韓FTAの成立を急ぐことになると考えられる。これもAIIBと並んで重要な経済協調発展の土台となる。

 2012年9月の尖閣問題以降、日中関係が最悪の状況に陥っていた時間が長かっただけに、いったん日中関係改善が軌道に乗り始めると、経済面では多くの明るい材料が目白押しとなる可能性が高い。

 その流れのカギを握るのが、8月の総理談話と靖国神社参拝の見送りである。世界中の国々が高く評価する総理談話が発表されることを期待したい。

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