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2015.01.20

「赤船」中国が迫る第2の開国-米国依存からの脱却と国家目標再構築の重要性-

JBpressに掲載(2015年1月19日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 日本に近代の幕開けを思い知らせた事件は1853年の黒船来航だった。その15年後に成立した明治政府は当時の世界情勢の変化に覚醒し、日本が進むべき方向について明確なビジョンを掲げ、必要な政策を断行した。

 欧米先進国に追いつくことを目指し、富国強兵・殖産興業を国家目標に掲げ、産業競争力の強化、その基礎となる教育水準の向上、政治・経済・社会体制の近代化等に注力した。1945年に太平洋戦争での敗戦を経験したが、その挫折も見事に克服し、1980年代、我が国はついに明治維新以来の悲願である先進国へのキャッチアップを実現した。


■国家目標を見失い迷走を続ける日本
 しかし、その後、日本は長期にわたり低迷する。もちろんバブル経済崩壊および金融危機という経済面の悪影響も大きかった。しかし、それ以上により根本的な問題だったのは国家として目指すべき目標を失い、進むべき方向が分からなくなったことにある。

 本来であれば、国家目標は政治家が示し、官僚がその目標達成のための戦略と戦術を練る。そして、民間企業が経済活動の主役として国家経済をリードする。

 ところが、日本はあまりに長期にわたって先進国へのキャッチアップという国家目標が変わらなかったため、新たな目標を立てるニーズが乏しかった。すでに国家目標が達成されて次の新たな目標を立てることが必要になっているにもかかわらず、日本の政治家はそれを考え出す力が衰えてしまっていた。

 不動の国家目標の下での政策運営は、戦略と戦術を考える優秀な官僚に依存しているだけで大きな支障は生じなかったため、ほとんどの政治家は前例踏襲型の官僚頼みの政策運営しかできなくなってしまった。

 先進国にキャッチアップした日本が次に考えるべき国家目標は先進国の一員として世界の平和秩序形成および経済発展に貢献することである。先進国として対等の立場にある以上、他国のサポート役としてだけではなく、日本が自律的な形で世界に貢献するべきである。

 その思考と行動の前提には、日本としてどのような世界秩序のあり方が望ましいと考えるのかという世界ビジョンと、日本自身の国家ビジョンが必要である。

 しかし、戦後の復興以降、日本は安全保障面でも経済面でも米国に依存し続け、それが奇跡的な成功をもたらしたことから、その間に国家としての自律性が低下してしまった。

 本来自律的な思考で世界および日本の将来ビジョンを考えるべき政治家の大半がその思考を放棄し、米国依存一辺倒の外交・安全保障政策、グローバルな市場競争に無頓着な内向き志向の経済政策運営を続けてきた。

 日本の政治家が米国を訪問しても、米国の政治家や有識者に対して自らの世界観を示して議論する政治家はほとんどなく、米国が何を考えているのかを一方的に聞いて、それを日本に伝えるだけの政治家が大勢を占めていると言われている。これが戦後の日本の姿を如実に示している。

 1990年にバブル経済が崩壊して以降、20年以上にわたって日本がかつての活力を回復できずにいる最大の原因は、国家目標に関するビジョンの欠如にあると筆者は考える。それが日本の国家運営の軸をぐらつかせ、経済が長期の停滞から脱却できずにいる根源的な要因である。

 戦後70年を迎える今年、明治維新以来の日本の近代史を振り返り、長期的な視点から日本が目指す世界ビジョン、国家目標を再考し、新たな時代の日本の土台を創造するための第一歩を踏み出すべきである。


■世界秩序の地殻変動
 リーマンショック以降の先進国経済の長期停滞を機に、世界の外交・安全保障、政治・経済秩序の地殻変動的変化が始まっている。その最大の要因は米国経済の変調である。米国経済は1960年代から70年代にかけても変調をきたしたことがあった。

 しかし、当時は世界経済における米国の圧倒的な優位は揺るがず、冷戦下においても安全保障面では米国の世界の警察としての地位は堅持された。米国と対抗しようとしたソ連は自己崩壊を余儀なくされた。

 しかし、最近の世界情勢は当時とは大きく異なる。中国の台頭はかつてのソ連とは質的に異なる変化をもたらす可能性が高い。中国の経済規模は2020年代に米国を上回るとみられる。アジア経済全体も中国と連携する形で着実に発展を続けている。世界は米国覇権の時代から確実に多極化の時代へと変化しつつある。

 米ソ冷戦時代と現在との間には世界経済の決定的な構造変化がある。それは1990年代以降米国が主導して実現した経済のグローバル化である。かつてのソ連は共産圏をひとつの経済圏として発展させ、自由主義圏に対抗しようとして失敗した。

 今は経済のグローバル化の下で各国経済が以前に比べてはるかに緊密に連携し合うようになっているため、中国やロシアが日米欧先進国と独立した経済圏を構築することなどあり得ない時代である。

 米中両国が相互に相手国経済を必要とし合っているのみならず、日本、欧州、アジア、南米、中東など世界中の国々が網目状に張り巡らされたグローバルネットワークの相互依存関係から抜け出すことができない時代になっている。

 こうした経済のグローバル化の下で世界秩序が多極化に向けて地殻変動を起こしつつある時代状況にあって、日本も新たな世界と日本のビジョンを必要としている。


■圧倒的な中国の存在感
 日本が活力を失った1990年代以降現在に至るまでの日本の置かれた状況を振り返ってみよう。

 日本にとってこの間の最大の変化ファクターは中国の台頭である。1990年代前半、中国経済の規模は日本の約8分の1だった。2000年前後に4分の1となり、2009年に日本に追いついた。そして2014年に日本の2倍に達し、2020年にはおそらく3倍になる。

 とくにリーマンショック後に中国経済が先進国の長期停滞を尻目に急速な回復を実現したため、中国は国力に対する自信を高めた。それが外交・安全保障、経済の両面で国際社会における中国の行動に大きな変化をもたらしている。

 東シナ海、南シナ海における海洋権益確保のための力による強硬姿勢、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS銀行の設立による、米国主導の世界金融秩序への挑戦、陸と海のシルクロード構想、アフリカ諸国との連携強化、上海条約機構など、中国の存在感は日本を圧倒している。

 本論の冒頭の問題意識に立ち返って最近の中国を見ると、明確とは言えないながらも、世界ビジョン、国家目標を構築する努力は日本の先を走っているように見える。

 もちろん中国が世界の表舞台で大きな存在感を示し始めたのはこの数年であるため、国家指導層以下中国政府の中枢にある人々の志向が依然内向きである問題点はしばしば指摘されている。しかし、それでも中国は歴代政権において自律的な国家目標を構築してきている。それに比べると日本はいまだに米国依存の域を出ていない。


■「赤船」中国が迫る第2の開国
 最近の中国は安全保障面でも経済面でも日本にとってますます大きな存在となっている。一面では軍事的脅威であり、一面では経済協調発展のパートナーである。

 日本がこれまでのような米国依存の発想や行動を続けていては、凄まじい勢いで台頭し、世界および国家ビジョンを持ち行動する習近平政権下の中国と対等に肩を並べることができないことは確かである。

 江戸時代末期に黒船が来航し、長期の鎖国で世界から取り残されていた日本を覚醒させたように、今の中国は日本を覚醒させる「赤船」とも言うべき存在である。日本はいま、「赤船」による第2の開国を迫られている。

 黒船来航に対して明治政府が採った政策は、明確なビジョンの下での政治、経済、安全保障、教育等全面的な国力の強化である。

 今の日本が必要としているのもやはり新たな国家ビジョンの構築とそれに基づく政策の断行である。中国が台頭する隣で日本が国家目標なき政策運営の迷走を続けていては、日本の存在感は世界の中でますます軽くなる一方である。

 日本が今後、中国と肩を並べてアジアをリードし、世界の平和秩序形成、経済発展に貢献する存在であるためには、日本としての明確な世界ビジョンと国家目標の構築が急務である。

 戦後70年の節目を迎える今年は日本が新たな時代を切り開く第一歩を踏み出す年とすべきである。

 安倍首相には訪米時のスピーチや戦後70年記念演説等において、従来型の中国や韓国への配慮を強く意識した内容に留まらず、新たな世界秩序の下で日本が目指す世界および日本のビジョンを世界全体に向けて明確に示すことを期待したい。

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