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2014.12.08

誤解による中国経済悲観論が広く信じられている理由

IIST e-Magazine  に掲載(2014年11月28日付)(「中国市場の変化をどうみるか」シリーズ第1回)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 足許の中国経済は2年半以上にわたって雇用、物価とも安定を保っている(図表参照)。1990年代に市場経済化が始まって以来、インフレでもデフレでもない状態がこれほど長続きしているのは初めてのことである。

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 しかも、GDPの規模は2009年に日本に追いつき、今年は日本の2倍以上となる。2020年には日本の3倍へと拡大を続ける見通しである。2020年代半ばには米国も抜いて、世界最大の経済大国となると見られている。

 中国はすでに高度経済成長のピークを過ぎ、徐々に安定成長期へと移行する高度成長期の終盤の局面にある。経済成長率は緩やかな低下を続けており、以前の2ケタ成長の勢いはなくなっている。しかし、世界第2の経済大国でありながら安定的な高度成長を維持し、依然として世界経済の中で大きな存在感を示している。

 上記で述べた長期の先行き見通しの前提は中国経済が安定した状態を保持して順調に拡大し続けることである。この点について、最近も融資平台、シャドーバンキング等を経由した資金供給の急拡大を背景に、不動産ミニバブルの形成とその崩壊が金融システムに与える悪影響が懸念されているほか、過剰設備を抱えた産業の構造不況問題も不安視されている。

 しかし、マクロ経済全体としては、都市化の進展に伴うサービス産業の発展や高速鉄道・高速道路等経済誘発効果の高いインフラ建設による産業集積の形成促進といった強力なエンジンを推進力として、景気の下押し圧力を吸収している。だからこそ、経済全体として雇用と物価の安定を保持できているのである。

 このように説明すれば、足許の中国経済が安定を保っていることは明らかであると思う。しかし、日米欧の多くの学者、政府関係者、ビジネスパーソンは、リーマンショック以降、ずっと中国経済悲観論を信じている。毎年のように、来年はバブルが崩壊する、金融危機が生じる、中国経済が失速すると予想し続け、毎年その予想が外れてきている。それにもかかわらず、今もなお極端に悲観的な先行きを予想する見方は根強い。

 その誤解の背景には、中国経済の特殊性のゆえに全体像を把握することの難しさと、対外的強硬姿勢を強める中国にこれ以上発展してほしくないと期待する希望的観測の2つの要因が相互に絡み合う形で影響しているように思われる。

 それらの要因を整理すれば次の3点に集約できる。

 第1に、先進国の大学・シンクタンク・政府等の経済専門家やビジネスパーソンの常識的理解を超えた中国経済の構造変化の速さである。

 中国は2004年頃までは景気拡大局面で貿易収支が赤字になりやすい、「国際収支の天井」という構造問題を克服できずに苦しんでいた。これは今も多くの発展途上国の共通課題であり、その原因は輸出競争力の不足である。

 中国政府はこの構造的欠陥を克服するために1990年代半ば以降、世界中の有力輸出企業を中国に誘致し、安くて豊富な労働力を活用して、中国から世界に向けての輸出拡大を促進した。2005年以降、その効果が明確に現れ、貿易黒字が急拡大した。中国経済は「国際収支の天井」問題から解放され、貿易収支の悪化を心配することなく内需を拡大し、高度成長を謳歌することが可能となった。そうした構造変化を背景に、中国は2003年から2007年までの5年間、連続で2ケタ成長を実現し、高度成長時代の絶頂期を迎えた。

 2006年から2008年の3年間の実質成長率の平均は12.2%。これだけでも十分高い数字である。しかし、さらに驚くべきはドルベースの名目成長率が平均で26%に達し、中国のGDPが2005年の2.3兆ドルから2008年の4.6兆ドルへ、3年で2倍に拡大したことである。その翌年には5.1兆ドルになり、日本(5.0兆ドル)を抜いた。

 2005年から2009年の激動の5年間を間に挟んで、2004年と2010年を比較すると、6年間で中国人の平均所得が約3倍に急増した。北京、上海、広州、深せん等の沿海部主要都市では3人家族の平均世帯年収が150~200万円から450~600万円になったことを想像すれば、生活水準が一変したのは明らかである。この変化の前と後では別の国になったと言っても過言ではないほど、先進国の常識では考えられない急速な変化である。

 この結果、2010年以降の中国では安い労働力は見つからなくなった。一方、所得の急速な増大に支えられた旺盛な消費需要が溢れる巨大な国内市場が出現した。品質も価格も日米欧諸国とほぼ同水準の日用品が普通に売れるようになったのである。

 このような急速な変化について行けない人々は、安くて豊富な労働力がなくなって生産コストが上昇し、採算が悪化したと嘆いている。しかし、能力の高い経営者は2005年以降、早々に労働集約型の製品の生産拠点をアセアン諸国等に移転し、2010年以降、中国国内市場で高付加価値製品の販売を伸ばして大成功を収めている。成功した企業は黙っているが、失敗した企業は中国市場の変化のせいにして説明する。これが多くの誤解を生んでいる。

 第2の要因は、中国経済が内包する多様性である。

 中国はその内側に様々な多様性を含んでいるため、通常の国家の概念では理解できない。巨大な人口と広大な国土をもち、気候、言語、食文化等の多様性に加え、経済面では、農村と都市の所得格差、一般ワーカーや新卒ホワイトカラーと大企業幹部層との間の所得格差、沿海部と内陸部の経済発展格差など、想像を超えた格差が存在している。

 これほど大きな格差が国内に存在している状況下では、消費者物価の比較すら難しい。主要消費品目は地域別にばらつきが大きく、比較するのは殆ど不可能に近いからである。経済情勢も沿海部と内陸部、好調な自動車産業やエレクトロニクス産業の集積する地域と不況にあえぐ石炭や鉄鋼に依存する地域とでは景気動向が全く異なる。不動産市場を見ても、北京、上海、広州、深せん等では依然として旺盛な需要を抑制する政策が必要であるが、景気停滞に苦しむ地方の3~4級都市では中国全土にわたってゴーストタウンが点在している。

 メディア報道等ではこの中国の多様性を包括的に捉えることは少なく、どこか一部分にフォーカスして説明することが一般的である。これは「群盲象をなでる」に等しい。

 第3の要因は、各国主要メディアの中国経済悲観バイアスである。

 台頭する中国は既存の世界秩序と様々な場面で摩擦を引き起こす。しかも中国政府の姿勢はここ数年、急に対外的に強硬になったため、日本ほどではないにせよ、世界各国で反中・嫌中感情が徐々に高まっている。このため、中国にとって都合の悪い情報を報道すると一般的に歓迎されやすい。

 メディアは発行部数を伸ばし、視聴率を上げるため、読者や視聴者の嗜好に合わせて、ゴーストタウン、経済指標の悪化、環境破壊など中国の負の側面を強調する傾向がある。これは日本のみならず、米国でも欧州でも同様だ。このメディア情報を鵜呑みにするのは一般大衆だけではない。政治・経済学者、政府関係者、ビジネスパーソンの大半の人々が上記の2つの理由によって中国を理解できていないため、メディアの報じる中国経済悲観論を信じているのが実情だ。

 学者、役人、経済人、そしてメディア関係者自身がそういう目で中国を見れば、多様な中国経済の中には悪い情報がいくらでも見つかる。それをメディアが強調して報道し、中国悲観論がスパイラル的に増幅される。これがリーマンショック以降、中国経済の予測に悲観バイアスがかかるようになった背景である。

 この負の連鎖を修正するには、人々が的確な中国経済理解を共有するのを待つしかない。中国経済が急激な変化を遂げてからすでに4、5年が経った。今後徐々に中国経済への理解が進んでいくことを期待したい。


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