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2014.12.05

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第68号(2014年12月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 今年最後の海外情報を読者諸兄姉に御報告する。師走を迎えて、平和の大切さを改めて考えてみたい。本年6月、北京で開催された「第1回日中退役将官交流(第一届中日高级退役将领交流活动)」では、中国側代表の朱文泉大将が、外薗健一朗空将(元航空幕僚長)率いる訪中団に対し、漢詩「赠日本高级退役将领访问团」を詠んだ。この漢詩には、日本人にも馴染みの深い「長恨歌」の一節「連理の枝の如く」、『戦国策』の中の「鷸蚌(イッポウ)の争い」、また『荘子』の中の「螳螂(トウロウ)...黄雀(コウジャク)後に在り」が言及されている--筆者は「両国は共に和すべきで、争えば漁夫の利という事態を招き、また自国が攻撃の好機と考えている間に、実は背後から危険が迫る」と理解した。そして今、双方が理性・品性を保ち、自制的に行動することを期待している。

 残念ながら筆者の願いとは裏腹に世界は紛争が絶えない状況だ。先の10月22日、オタワでの乱射事件では「あの美しい街で...」と胸が痛んだ。今はISISの恐怖が世界に拡散しないことを願っている。オタワを初めて訪れたのは2000年1月。カナダ政府の人が「眺めが素晴らしい」と、国会議事堂(先の事件現場)に案内して下さった。訪問目的は経団連統計制度委員会の調査であったが、調査終了後に、ノーベル平和賞受賞者(ピアソン首相)にちなむ名前を持つビル(外務・国際貿易省)で働く友人と再会した。その日は晴天だが零下34度で肌を刺すような寒い日であった。グラス片手に平和の大切さについて語り合ったことが懐かしい。

 ISIS等の中東情勢は、素人の筆者にとり理解不能な事柄が多い。テルアビブ大学の招待でイスラエルを訪問した2006年12月、筆者は独りで聖地イェルサレムを訪れたが、旧市街は、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、そしてアルメニア正教の教徒に4分割され、境界区域では異教徒同士が会話を楽しんでいる。その光景を目にして「異教徒同士の仲が良い。レバノン侵攻等の中東での紛争をどう考えたら良いのか分からない」と筆者がつぶやいた。「栗原さん、原因は全て政治です」、と大学側が準備して下さった案内役の老紳士が答え、続けて戦場体験を語り始めた(彼は1967年の中東戦争時に戦車隊長として参戦した陸軍将校だった)...

 シナイ半島侵攻時、負傷した敵兵が倒れていた。敵兵は「上官は既に逃げて我々は見捨てられた。最期の望みとして、喉の渇きを癒したい」と言う。戦車隊の部下に向い「水筒を渡せ」と言うと、「異教徒には飲まさない」と彼は命令を拒否されたらしい。彼は「この傷ついた敵兵は人間なのだ!」と叫び、水筒を無理やりその部下から奪い取った。 こうして、戦争は古今東西、敵味方関係なく、人間から理性と品性を奪い去り、制御不能な狂気へと駆り立てる。戦闘状態の下では「暴力の管理」と「人間性の維持」は難しいのであろう。改めて平和への努力を重ねる大切さを感じている。

 戦争は老若男女を問わず、誰をも巻き込む悲劇だ。5月に東京で引退公演を終えた七代目竹本住大夫のご著書『人間、やっぱり情でんなぁ』によると、戦時中は、戦意高揚のため文楽の演目を変更させられたらしい--人形ではなく、生身の人間に軍服を着せ、鉄兜をかぶらせて『肉弾三勇士』を演じたとのこと。また敗戦直後は、GHQが日本に復讐心を起こさせないようにと、『仮名手本忠臣蔵』の上演を中止させたという。我々はあらゆる機会・手段を捉まえ、平和の重要性を確認しなくてはならない。


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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第68号(2014年12月)PDF:355.9 KB

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