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2014.11.05

待ったなしの構造改革 山積する深刻なリスク

エコノミスト2014年11月4日号に掲載

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 中国経済は、統制経済から市場経済への移行に踏切った1992年以降、「景気過熱と景気停滞」「インフレとデフレ」を繰り返し、20年間不安定な状態を続けてきた。しかし、2012年に習近平政権が実質的に政策運営を担うようになってからは、2年半以上にわたって成長率7%台の巡航速度を保っている。
 足元のマクロ経済は、市場経済化以降初めて持続的に安定している。雇用面では、今年上半期、都市部の有効求人倍率が過去最高水準の1.11を維持している。消費者物価も、9月に前年比1.6%、1~9月累計でも同2.1%と、引き続き良好な状態を保っている。
 これまでの高度経済成長を維持してきた中国経済の2大エンジンは、農村から都市への人口移動を促進する「都市化」の進展とインフラ建設である。しかし、関連の統計やインフラ整備計画などから推測すれば、この二つの成長エンジンは、いずれも20年前後にスローダウンすることが予想される。
 都市化については、農業従事者の減少速度から見て、早ければ20年ごろ、遅くとも20年代半ばには勢いが鈍化する。インフラ建設については、経済誘発効果が大きい基幹鉄道・道路の高速化といった大規模プロジェクトが20年ごろまでにほぼ完成するため、その後はインフラ建設の経済誘発効果が徐々に低下する。
 それらに加えて、20年以降は少子高齢化により労働人口の減少速度が加速すると予想される。これも経済成長の減速要因となる。こうしたことを考え合わせると、中国経済は早ければ、20年前後に高度成長期の終わりを迎え、4~5%の安定成長期へと移行する可能性が高い。
 安定成長下では、外的なショックなど何らかの要因で経済停滞に陥ると、景気回復までの時間が高度成長期に比べて長くなるため、不況が長期化しやすい。なかでも懸念される問題は、不動産バブルが崩壊し、景気停滞が長期化するリスクである。
 高度成長下では、不動産価格が大幅に下落しても1~2年で元の水準に戻ることが多いことから、不良債権問題が長期・深刻化するリスクは小さい。しかし、安定成長期にバブル経済が崩壊すると、不動産価格は長期間低下し続け、不良債権問題の克服には数年あるいはそれ以上の年月を要する。日本の1990年代、リーマン・ショックから現在に至る欧米諸国の状況を見れば明らかである。
 産業競争力・輸出競争力の低下がもたらすリスクもある。
 中国経済が高度成長を続けてきた前提条件は、貿易黒字を安定的に保持し、通貨価値(人民元)の安定を保っていることである。それを可能にしてきたのは輸出競争力であり、産業競争力である。
 産業競争力が低下すると、輸出が伸び悩み、経常収支は悪化し、通貨価値は下落し、輸入インフレを招く。経常収支の悪化を防ぐには引き締め政策によって内需を抑制し、輸入の伸び率を抑えるしかない。しかし、これは成長率を低下させ、失業を増大させる。
 産業競争力強化のために必要な改革は、国有企業の改革である。日本でも国鉄、電電公社、郵便局など、非効率な国有企業の改革は、既得権益層からの強い抵抗を受け、実行に長い年月を要した。しかも、結果は一部を除いてあまり満足できるものではなかった。
 中国は共産党の一党独裁体制であるため政府の権限が強いとは言え、やはり既得権益層の抵抗は執拗(しつよう)である。しかも国有企業が大きなウエートを占める産業分野は、鉄鋼、造船、石油化学、窯業、金融、通信、物流など、日本より広範に及ぶ。国有企業改革が遅れると、これらの産業の競争力が低下する。
 高度成長期において国有企業の非効率さの問題は、市場全体のパイの拡大に支えられる形で企業収益が拡大するため表面化しにくい。しかし、安定成長期に入ると、業績は急速に悪化し、国有企業が大きなウエートを占める産業分野の競争力は低下する。20年代にはこうしたリスクが表面化する可能性が高まる。
 これらの問題に加え、中国はほかの民主主義国にはない特有の問題を抱えている。それは共産党一党独裁体制が内包する政治リスクである。
 日本や欧米諸国であれば、国民が政府の政策運営に対して不満を持てば、選挙を通じて政権交代をさせられる。しかし、中国では国民にその選択肢はない。共産党政権を交代させるには、かつての東欧諸国や「アラブの春」で見られたようなクーデターや革命を起こすしかない。
 もちろん、万一そんなことが起きれば経済社会は混乱し続け、内政の安定を回復するのは極めて難しくなる。中国のような世界第2の経済大国の内政が混乱すれば、世界経済全体に巨大なマイナスインパクトを与える。なかでも深刻な悪影響を受けるのは日本にほかならない。

◇構造改革を阻むもの
 構造改革に関しては、国有企業改革だけでなく、そのほかにも実行困難な課題が山積している。
 一般庶民が特に強い不満を抱いている問題は、貧富の格差と環境汚染である。貧富の格差を是正するには、高所得者に対する個人所得税の最高税率の引き上げに加え、累進度の高い相続税と贈与税、不動産保有税などの導入が必要である。しかし、富裕層の猛烈な抵抗があり、実現は非常に難しい。
 役人の腐敗撲滅運動、いわゆる「ハエたたき」は、習近平主席の強力なリーダーシップの下、かなりの成果を上げており、一般庶民からの人気は高い。しかし一方で、既得権益層が、改革推進に積極的な役人の足を引っ張るため、過去の腐敗を暴いて失脚させる動きが広がっている。また、役人の福利厚生が削減され、実質的な給与水準が大幅に低下したため、役人が民間企業に転出する例が増えている。これらは改革推進の障害で、「ハエたたき」が逆効果を招いていると指摘されている。
 地方政府の腐敗の背景には、不透明で非効率な行政組織や役人が不正を働きやすい財政運営の仕組みがある。そうした問題点を是正するために、不正を正すガバナンス(統治)の根幹である司法制度の立て直しが極めて重要となる。しかし、数千年の歴史のなかで培われてきた地方の腐敗構造を是正するのは並大抵のことではない。
 中長期的には、社会保障水準の引き上げを実施しなければいけないが、これは財政負担の増大を招く。今後成長率が低下し、税収の伸びが鈍化するなかで、財源確保は難題である。

◇迫るタイムリミット
 実は02年に胡錦濤・温家宝政権がスタートした時点で、これらの構造改革の必要性はかなりの程度わかっていた。しかし前政権は実行が難しい改革を先送りし、目先の景気拡大を追い求めた。その10年間に中国の一般庶民の不満は蓄積し、政府に対する信頼は低下した。
 構造改革の実施には「痛み」を伴う。既得権益層からの激しい抵抗もある。税収の伸びが高い高度成長時代であれば、その痛みや抵抗をある程度緩和する対策は見つけやすい。しかし、安定成長期に入ると財源難からそれも難しくなる。すなわち、構造改革を断行できるのは、高度成長がまだ続いている今なのである。20年前後に高度成長時代が終わるとすれば、習近平政権には、あと数年の時間しか残されていないことになる。
 昨年11月に発表された三中全会の決定事項では、市場メカニズムを重視し、小さな政府を目指すなど、世界中から高い評価を受けた。これを見る限り、習近平主席の構造改革断行に対する姿勢は積極的である。7月末には周永康元政治局常務委員の腐敗摘発も一段落し、習近平主席の政治基盤は安定性を高め、構造改革推進には有利な条件が加わったと見られている。
 しかし、それとは裏腹に、夏場以降、改革の動きは鈍っているように見える。その背景として、前述の「ハエたたき」の副作用に加え、習近平主席は現在、人民解放軍の組織改革を最優先にしており、そのほかの改革を推進する余裕がなくなっている可能性がある。改革断行のタイムリミットを考えると、一日でも早く大胆な実行に踏み切ることが求められているにもかかわらず、である。
 中国の改革実現にとって、日本企業の果たす役割は意外に大きい。現在、日本企業の積極的な対中投資の拡大は、雇用創出や税収増加、技術移転による産業・輸出競争力強化などを通じて、中国の高度成長を支えてきた。だからこそ多くの地方政府は日本企業の誘致に積極的である。これは構造改革断行のタイムリミットまでの時間を引き延ばすとともに、安定成長下の経済不安定化リスクを軽減する効果もある。
 一方、日本企業にとっても世界の一流企業が激烈な市場獲得競争を繰り広げているこの市場で勝ち抜くことは非常に重要である。中国市場での敗北はグローバル市場での敗北を意味すると言っても過言ではないからだ。
 高度成長下で過去最高の安定感を示す現状と将来リスクが同居する中国市場で、日本企業はそのチャンスとリスクの両方をにらみながら、大胆で迅速な経営判断が求められている。
 日本企業が中国ビジネスで成功すれば、中国経済の安定性が高まり、それがまた日本企業のビジネスチャンスを拡大する。中国が20年代にもGDPで米国を抜くポテンシャルを持つ以上、両国は今後、ますます切っても切れない関係になっていく宿命にある。

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