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2014.05.22

習近平政権の構造改革遅延リスクと日本企業の役割

JBpressに掲載(2014年5月21日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 習平政権は昨年11月に発表した三中全会決定の中で、今後取り組まなければならない構造改革の骨格と重要施策を提示した。その中には、既得権益層の強い抵抗が予想され、実現まで時間を要するものも多い。そうした重要施策のうち、上海自由貿易試験区関連のプロジェクトは早期実施が期待されている数少ない施策の一つだ。


構造改革の実施が遅れる要因

 ところが、その上海自由貿易試験区に関して、改革実施のスタートラインとなる実施細則の発表が遅れている。同試験区ではすでに金融、税制等の分野において具体的な施策の実施が計画されているが、実施細則が発表されないと、それらを実施に移すことができない。今年の1月頃から実施細則の発表の遅れが指摘されていたが、現在も依然未公表のままである。

 遅れの原因として、以下の点が指摘されている。これらの要因は、上海自由貿易試験区のみならず、その他の構造改革の重要施策実施においてもほぼ共通した問題である。

 第1は、政府内部の関係部門間の調整の遅れである。

 上海自由貿易試験区を管轄するのは上海市政府であるが、上海市は北京、天津、重慶とともに中央政府直属の直轄市である。直轄市は他の市とは異なり、市でありながら広東省、広西チワン族自治区といった省・自治区、あるいは中央政府の財政部、商務部といった「部」(日本の省に相当)と同格である。

 このため、上海自由貿易試験区で新たな施策を実施するには、そうした同格の行政組織との関係で行政制度上の整合性を確保するため、事前に様々な調整が必要となる。

 このレベルの組織の長はすべて大臣級であるため、相互間の調整には大臣級の上位に当たる副総理以上の関与が必要となる。重要決定には習近平主席、李克強総理を巻き込んだ調整が必要になることもある。このため、全ての関係部門間の調整にはかなりの時間と労力が必要となる。これが構造改革施策を実施に移す上でのボトルネックになっている。

 とくに習近平主席が、中央全面深化改革領導小組、国家安全委員会、中央ネット安全情報化領導小組など改革実施の中核となる重要組織のトップを独占していることから、多くの重要決定は習近平主席による決裁が必要になる。

 しかし、習近平主席は内政・外交両面で多忙を極めるため、時間的制約が厳しい。これが決裁の遅れを招いていると指摘されている。

 ただし、改革の中味が重ければ重いほど、最終判断・決定に際しての政治的重圧も高まるため、たとえ習近平主席が他の政治局常務委員や副総理等に決裁権限を委譲したとしても、委譲を受けた当人が改革を迅速かつ的確に進めることができる保証はないとの指摘もある。

 したがって、習近平主席に決裁権限を集中しても、それを他のリーダーに委譲したとしても、いずれにせよ迅速な改革実行力には不安が残るのが実情である。

 第2は、法制整備上の技術的な難しさである。

 改革の内容が大胆であればあるほど、法制度の体系的構築、関連制度との調整、政策実施の波及効果がもたらす不安定化要素への対応など、行政部門の仕事は増える。

 改革メニューの大枠が示されたのが、昨年11月の三中全会決定であり、それが今年の施策として発表されたのが3月の全人代である。その前後から作業を開始するとすれば、具体的な詰めの作業には項目によってかなり長くかかるケースもあるため、動き出すまでには多少時間がかかるのは当然である。

 ただ、上海自由貿易試験区関連の一部施策についてはすでにそうした法制度上の技術的な問題はほぼ解決しており、上層部の決裁を待つのみの状況にあると言われている。

 第3は、抵抗勢力による腐敗暴露リスクである。

 大胆な改革を断行する場合、既得権益層が抵抗勢力となるのは中国も日本も同じである。現在、習近平政権は国内で役人を対象に反腐敗キャンペーンを大々的に展開している。

 習近平政権が発足するまでは現在のように厳格なコンプライアンス規定が存在せず、腐敗はほぼすべての政府機関に蔓延していた。したがって、現在のコンプライアンス規定を厳格に解釈すれば、ほとんどの役人は脛に何らかの傷があると言われている。それは改革推進派の役人も例外ではない。

 改革実施に抵抗する既得権益層はそこに目をつけ、抵抗手段として、改革を推進する役人の過去の不正を暴いて、インターネット等公の場に晒す、あるいは規律委員会に伝えるといった行動に出ようとしていると言われている。

 現在、多くの役人が抵抗勢力による腐敗暴露を恐れ、改革実施には積極的に関わらないようにしようとしている。もちろん、これが改革の遅れの主因ではないが、改革のスピードを鈍らせる要因の一つであることについて関係者の見方は一致している。


構造改革実施に伴う痛みへの対応

 現在、中国政府は、構造改革の重要施策の一つとして、鉄鋼、造船、ガラス、太陽光パネルなど過剰設備を抱えている企業の設備投資の削減を推進している。また、石炭価格が下落した影響から、炭鉱関連産業も構造不況に陥っている。

 経済状況の変化により、こうした産業別の整理・淘汰は不可避である。これらの非効率な不採算企業を延命させる救済策は中長期的には国民全体に大きな財政負担をもたらすことから、短期的な痛みを覚悟の上で整理・淘汰は早期に断行すべきである。

 そうした産業のウェイトが高い地域では、不動産価格も下落し、金融機関経営も厳しい状況に置かれている。新築マンションの空室が埋まらず、ゴーストタウン化するケースも少なくない。これをバブル崩壊と混同している報道が多いが、これは日本や欧米諸国が経験したバブル経済の崩壊とは本質的に異なる問題である。

 非効率企業の淘汰は構造改革の重要施策であり、中長期的な産業競争力強化、生産性向上のためには必要な措置である。習近平政権はそうした産業のウェイトが高い地域の経済が危機的な状況にならないよう財政・金融両面から補助的政策を実施しながら構造改革を推進している。


構造改革実現までの時間を稼ぐ日本企業の役割

 胡錦濤・温家宝政権は実施すべきだった構造改革を先送りし、任期の終盤において多くの国民の信認を失った。習近平政権はその過ちを繰り返さないことが重大な責務である。このため改革の先送りは許されない。習近平政権の指導者層もその認識を共有している。

 しかし、構造改革は非効率・不採算企業の淘汰のような痛みを必ず伴う。倒産、失業、3~4級都市の不動産価格の下落、一部の中小金融機関の経営悪化といった改革の痛みを吸収するのが経済成長である。

 短期的には失業保険や預金保険といったセイフティーネットで救済し、中長期的には競争力のある産業の発展、設備投資・雇用の拡大により、淘汰された企業のヒト・モノ・カネを吸収する。成長率が高ければ高いほど、その吸収は容易である。

 この間、中国経済は高度成長期の終焉の時期が徐々に近づきつつあり、早ければ2020年前後には安定成長期に移行する。改革の痛みを短期間で容易に吸収できる高度成長の時代が続く期間はそう長くない。高度成長時代が終焉する前に構造改革を断行する。これが習近平政権の重要な使命である。

 安定成長への移行後は構造改革の痛みを吸収する力が弱まるため、政権への不満が高まりやすく、政治的に不安定化する。それが故に改革が中途半端になるという悪循環を生む。これは1990年代以降の日本の経験を振り返ってみても明らかである。

 中国の構造改革推進に関し、前述の遅れの要因を考慮すれば、改革が順調に進むとは限らない。構造改革の推進にとって、少しでも長く高度経済成長を続けることが望ましいのは明らかである。

 そのためには産業競争力の強化により経常収支の黒字を安定的に確保し、内需主導型成長モデルを維持することが必要である。ここから構造改革の推進と日本企業との関係が見えてくる。

 日本企業はこれまで中国での直接投資の拡大を通じ、中国の産業競争力の向上に貢献してきた。最近は日本企業の直接投資額が諸外国の中でも群を抜いており、その貢献度はさらに高まっている。

 今後も日本企業が投資の持続的拡大により中国の産業競争力の強化に貢献すれば、中国経済の高度成長期が長続きする可能性が高まる。それが習近平政権による構造改革実現のために必要な時間の確保につながり、日本企業にとってのビジネスチャンスの拡大にもなる。

 政治面では日中関係改善が遅れているが、経済面では日本企業の中国ビジネスは順調な拡大が続いており、政経分離の様相を呈している。困難な政治情勢の下でも経済関係を維持・発展させることは、日中両国にとって極めて重要な共通課題である。


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