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2014.02.21

日中関係を再び「政冷経熱」へと導く民間交流促進策-中国人の日本旅行ブームは安倍首相の靖国参拝でも止まらない-

JBPressに掲載(2014年2月19日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 昨年末の12月26日、安倍首相が靖国神社を参拝した。その約1か月前、中国政府は防空識別圏を設定し、それが世界各国から否定的に受け止められ、日本との対比において中国の立場を悪くさせていた。

 そうした状況下、安倍首相が靖国参拝を行ったため、今度は米国、欧州等の批判の矛先が日本に向けられたのである。それまで分の悪かった中国政府にとっては救いの手が差し伸べられたようなありがたい出来事だった。


■ 安倍首相の靖国参拝後に明らかになった政経分離の対日方針

 海外からの評価に配慮したのか、今回は中国政府が安倍首相の靖国参拝を厳しく非難しながらも、12年9月の尖閣問題発生直後に中国全土で見られたような反日デモ・暴動、日本製品ボイコットなどの反日行動を徹底的に制限した。

 当時の過激な反日行動は、海外の多くの国々がチャイナリスクの一つとして受け止めたほか、中国国内の有識者の間でも理性的ではないとする否定的な意見が多かった。そのような国内外の見方を踏まえ、今回は日本企業にダメージを与える反日行動を回避したと見られている。

 中国政府は経済面で、日本企業をターゲットとした過激な日本たたきを抑制する一方、政治・外交面ではメディアや世界各国の中国大使館等を活用して大々的に日本批判キャンペーンを繰り広げ、行政面でも日本政府との政府間交流を厳しく制限している。

 これは中国政府が日本に対して政経分離の方針を打ち出したことを明確に示している。


■ 中国人富裕層の間で日本旅行ブームが過熱

 そんな中で、象徴的な出来事だったのは、1月31日から2月6日の春節(旧正月)の連休を利用して、上海、北京等の富裕層を中心に、非常に多くの中国人が日本旅行に殺到したことである。

 尖閣問題に際しては、その直後から日本向け観光旅行の催行を制限する措置が採られた。それが解除され、富士山周辺、京都、東京など中国人に人気のスポットに中国人の姿が戻ったのは昨年7月以降だった。

 今回の靖国参拝後も再び同様の渡航制限措置が採られてもおかしくなかったが、中国政府はその措置を採らなかった。

 そうした政策の変化もあって、この春節の連休期間中、中国人の富裕層の間では日本旅行ブームが過熱した。上海での一番人気は北海道、次いで九州、そして沖縄だ。とくに人気の上海-札幌往復のチケットは入手難となり、1月にはエコノミーでも2万元(日本円で35万円相当)に達した。通常の約5倍という高騰ぶりである。

 中国人がそこまで北海道に行きたいと思う理由を上海に住む中国の親しい友人に尋ねると、次のような答えが返ってきた。
1.スキーができる
2.雪景色を楽しめる
3.温泉が素晴らしい
4.料理がおいしい
5.サービスがいい
6.お土産が豊富である
7.円安でなんでも割安になっている

 これだけの理由を立て続けに列挙して、「こんなにいいことづくめなのに北海道に行かないなんて、意味がわからない」と冗談とも本気ともつかない口ぶりだった。

 これらの7つの要因のうち、最初の2つを除けば、その他の5つの要因は、北海道に限らず日本の多くの観光地が条件を満たすため、日本旅行の人気は今後も続くはずである。この日本旅行ブームの背景として、上記のポイント以外にも次のような様々な日本の魅力が指摘されている。
1. 距離的に近い
2. 中国人にとって日本語は漢字である程度の意味が推測できるため、欧米旅行に比べリラックスできる
3. 親孝行旅行が上海、北京の富裕層で流行っているが、60~80代の親を海外旅行に連れて行く場合、飛行時間が短く、治安が良く、食事・サービス・交通等が安心できることが重要な条件となる。従来は旅行先に台湾、香港を選んだが、最近は日本の人気が高まっている
4. 上海の富裕層は、従来フランス、イタリアのブランド品を好んだが、最近それらにやや飽き始め、一般にはまだあまり知られていない高品質の日本のブランド品に着目し始めた
5. PM2.5など中国の環境問題を意識し、定期的に中国から離れ、日本に行って肺を洗う(「洗肺」)といった冗談交じりの短期旅行も流行している
6. 日本からの観光客が激減しているため、中国発の航空座席が取り易くなっている


■ 将来の日中関係改善に向けて「政冷経熱」が有効

 日中関係が過去最悪の状況下、中国政府の厳しい拒絶姿勢によって政府間の交流は殆ど閉ざされており、政府機関の実務上の交流から突破口を見出すことは極めて難しい。

 この状態を続けることは日中双方の国益に反することは明白である。将来の関係改善に向けて日中間で現在できることを考えれば、民間の経済交流が極めて重要である。これはすでに第1次安倍政権の時に実証済みである。

 2001年から2005年にかけて小泉首相が靖国参拝を繰り返したことから日中関係は深刻に悪化した。ただし、その間も日本企業の対中直接投資の拡大を中心に経済交流は活発に行われ、「政冷経熱」と呼ばれた。

 小泉政権を引き継いだ安倍首相が首相就任直後の2006年10月に中国を公式訪問し、その後短期間で日中関係の急速な改善を実現した。それを可能にしたのは、「政冷」の下でも「経熱」を維持した活発な経済交流の存在だった。


■ 訪日中国人の増加は安全保障上のリスク緩和にも有効

 中国人は日本を訪問し、日本人と直接接するだけで日本に対するイメージが変わることは、それを経験した多くの中国人が自らブログ等で語っている。

 日本をよく知らない中国人の多くが日本を軍国主義国家と思い込んで嫌悪しているが、日本を訪れさえすればそれが誤解であることに気づく。中国で日本旅行ブームが拡大し、日本および日本人を自分の目で見てきちんと理解する中国人が増えれば、誤解に基づく嫌日感情も徐々に修正されていくはずである。

 現在、中国で日本を敵視するナショナリスティックな感情の高揚は中国の軍備増強を促すエネルギーにもなっている。中国人の日本訪問者数が増加し、相互理解が促進されれば、日本にとって経済上のメリットが得られるのみならず、安全保障面でもリスク緩和の効果が期待できる。


■ 東京オリンピックの成功に向け、交通インフラ整備、中国人ビザ発給促進を

 日本政府は「外国人の訪日旅行増加策」による観光立国を目指しているが、潜在的な巨大市場はアジアである。

 中でも3億人を超える巨大な富裕層を抱える中国からの訪問者を増やす対策がきわめて有効である。そして、アジアの人々の日本旅行を促す当面の最大のイベントは東京オリンピックである。

 舛添新東京都知事は選挙公約として、東京を世界一の都市にすること、そして東京オリンピックを成功させることを掲げた。その公約実現には次の3つの政策を実行に移し、アジアの人々がこぞって東京を訪問する環境を整えることが必要である。

 第1に、国内を往来するかのような手軽さで日本に来ることができる交通インフラの整備である。そのためには、日本の主要都市とアジアの主要都市間航空網のシャトル便化、羽田・成田等主要空港から主要ターミナル駅までの鉄道高速化、日本国内主要都市を結ぶ新幹線の高速化等が不可欠である。

 第2に、アジアの人々の気持ちを理解して心の交流を促進するため、明治維新以降の歴史教育の充実と「おもてなし」の心を育てる道徳教育の強化も欠かせない。

 第3に、日本旅行ブームに火が付いた中国人に対する観光ビザ発給要件の緩和および手続き簡略化・電子化が重要である。

 現在の日本旅行ブームを背景に、今年1月の上海総領事館のビザ発給件数は、過去最高だった2011年1月の3万8千件を大幅に上回り、約6万件に達したと報じられているが、中国人の間でビザ発給手続きの煩雑さに対する不満は強い。手続きの簡略化を進めれば、日本への旅行者数はさらに増えるはずだ。

 現在は法務省や入国管理局が中国人へのビザ発給手続きの簡略化を阻んでいる。短期的に見ればそれは日本国内の治安維持にとってある程度プラスかもしれない。

 しかし、中長期的な観点に立てば、日中両国民の直接交流の促進は安全保障上のリスク緩和および経済発展を通じてより大きな日本の国益に資する。目先の治安を気にするあまり将来の日本にとってより重要な機会を犠牲にしている事実にもっと目を向けるべきである。

 それに絡んで、日本を経由して米国やカナダ等に飛行機を乗り継ぐ中国人への、通過ビザ或いは寄港地上陸(ショアパス)規制の緩和、無料Wi-Fi環境の整備といった措置も中国人の日本訪問者数増加を促進する重要な施策である。

 目先の小さなリスクにとらわれず、より大所高所の視点から将来の日本の安全確保と経済発展を真剣に考えることが求められている。今は民間交流の促進を通じた「政冷経熱」の実現が日本にとって重要な国益である。


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