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2013.10.18

中国が日本企業への依存度を高めなければならない理由

JBPressに掲載(2013年10月17日付)

  • 瀬口 清之
  • 研究主幹
    瀬口 清之
  • [研究分野]
    中国経済・日米中関係

 台湾の代表的なEMS企業である鴻海精密工業(フォックスコン)が貴州省で新工場を立ち上げた。その理由は中国の中で貴州省の人件費が一番低いからである。


■台湾のEMS企業の中国離れが始まろうとしている

 EMS(Electronics Manufacturing Service)は携帯電話やパソコンの委託加工組み立てを請け負う専門企業である。生産は労働集約型であるため、労働力コストを低く抑えることが収益確保の鍵となる。

 これまで中国の低い労働力コストを活用し、中国国内で急速に生産規模を拡大してきた。その製品は中国から全世界向けに輸出されており、中国の雇用、税収、貿易黒字の確保に大きく貢献してきている。

 台湾系EMS企業は、以前は広東省など沿海部を中心に生産拠点を展開していたが、最近は少しでも労働力コストを低く抑えるために重慶、成都など内陸部を中心に生産拠点を増やしている。しかし、中国の経済成長とともに内陸部でも人件費が高騰し、採算が悪化しつつある。

 中国経済の高度成長が続く限り、中国全土において人件費の急速な上昇は不可避である。今回、鴻海精密工業が貴州省に新工場を建設したが、その工場の人件費もいずれ高騰する。

 貴州工場の人件費が上昇して採算が悪化すれば、中国国内にはこれ以上労働力コストの低い場所はないため、次は中国以外の国に拠点を増やしていくしかない。インドネシア、ミャンマー、カンボジア等が次の候補地であろう。

 韓国のサムスン電子はすでに携帯電話の主力生産拠点をベトナムに移しつつあり、台湾系EMS企業がアセアン諸国等に生産拠点をシフトするのも時間の問題であると考えられる。その動きが中国経済に与える影響は深刻である。


■人件費高騰後の中国経済が安定を保持するための中長期的対策

 経済が発展すれば、人件費のみならず、物流コスト、不動産価格等も高まり、生産コストが上昇する。さらに、為替レートも切上がるため、付加価値の高くない労働集約型産業の国際競争力が低下する。

 これは日本も1970年代以降の円高・賃金上昇局面で経験した。労働集約型の日本企業は生産拠点の海外移転を余儀なくされた。

 中国の場合、改革開放政策の下で外国資本を積極的に誘致したことから、国内生産に占める外資の比重が高い。外資企業は経済合理性をより重視して生産拠点を選ぶ傾向が強いため、環境変化への対応が早い。

 

 また、経済のグローバル化が進展し、国境を越えた生産拠点の移転は日常茶飯事となっている。このため、生産拠点の海外シフトの動きはかつての日本に比べてはるかに急速に進む可能性が高いと見るべきであろう。

 中国の輸出産業の中核に位置するEMS企業の外国への移転が進むと、輸出の伸びが鈍化する。それと並行して、中国の所得水準の上昇が続けば、中国の消費者ニーズは高付加価値製品へと向かう。

 中国国内企業の製品の品質向上が消費者ニーズの高度化に追いつけないと、高付加価値製品の輸入が増加する。これらが相俟って、中国の貿易収支を悪化させる可能性が考えられる。

 とくに中国の消費者の間で信頼度の高い日本製品の需要は今後大幅に伸びることが予想される。これまでの中国では消費の量の拡大に力点が置かれていたが、今後は質の向上へと消費者の関心が移っていくことが予想される。そうなればますます高付加価値の日本企業の製品に対するニーズが拡大することになる。

 拡大するニーズに合わせて製品を日本から輸入すれば貿易収支が悪化する。それを防ぐには日本企業を中国国内に誘致して現地生産を拡大し、日本からの輸入増大を抑制する必要がある。そうしなければ貿易収支のバランスを保てなくなる可能性が高い。

 中国経済の発展は改革開放政策の下、積極的な外資導入の土台の上に築かれたものであるため、今後も外資系企業に依存する状態が続く。中国国内企業のみに頼って新たな高付加価値製品に対するニーズを満たすことは難しいのが実情である。

 最近の中国経済を見ると、リーマンショック後の経済停滞から急速な回復を遂げた2010年以降、中国国内市場の高付加価値志向が顕著となり、日本企業の製品・サービスの需要が急速に伸びている。

 これを眺め、中国各地の地方政府は日本企業に対する誘致姿勢を積極化させており、反日ムードが強まった尖閣問題後も目立たないように水面下で優良日本企業への厚遇を継続している。

 日本企業もこれに応える形で、尖閣後の逆風下でも対中直接投資を拡大し続け、中国各地の雇用と税収確保に大きく貢献している。こうした短期的な貢献に加え、中長期的には、日本の先進技術を中国に伝えることを通じて、中国の国際競争力の維持と貿易収支の均衡保持にも貢献する。

 もちろん最先端技術は日本国内に留めるが、中国にとっては日本企業が持ち込む技術水準は殆どが十分先進的であり、中国の国際競争力向上に役立つ。

 最近は米国経済が回復の方向にあり、日本企業の関心は再び米国に向かいつつある。こうした流れの中で日本企業の直接投資が米国に向かい始めると中国の存在感は薄れていく可能性もある。

 また、すでにチャイナプラスワンの動きの中で、多くの日本企業がアセアン諸国で生産拠点を増やし始めている。そうしたアセアン各地の工場から中国向け輸出の比率が高まる可能性も考えられる。

 そうなれば、中国の雇用、税収、貿易収支にはマイナスのインパクトが働く。日本企業が以上のような方向に動けば、欧米企業や韓国企業もそうした動きを加速する可能性が高まる。


■中国政府が採るべき政策

 こうした事態が拡大することを防ぐには、中国政府が今後一段と日本企業の誘致姿勢を強化することが必要である。すでに進出して実績を上げている大企業に対しては中国各地の地方政府が積極的に誘致している。このため、そうした大企業は安心して中国での投資を拡大している。

 しかし、尖閣問題発生後、まだ中国に進出していない中堅・中小企業の中国ビジネスに対する関心が大幅に低下している。メガバンクの中国拠点の幹部は、中国への新規進出の相談件数は以前の3分の1以下にまで減少したと語る。

 日本経済の高い国際競争力を支えているのは中堅・中小企業である。中国が今後も長期的に国際競争力を保持するためには、日本の中堅・中小企業の誘致が極めて重要である。

 現状を打開するためにはまず、尖閣問題を棚上げし、日中関係の正常化を早期に図ることにより、日中両国国民相互のベースにある不信感を取り除くことが重要である。

 そのうえで、地方政府による誘致活動を強化することが有効である。従来からの税制上の優遇措置等に加え、知的財産権の侵害、資金決済の遅延等の問題点を目に見える形で改善すれば、日本企業の中国への関心は再び高まるはずである。

 さらにもうひとつ、中国政府が見落としている意外な盲点は、中堅・中小企業のサポート役の確保である。

 一定規模以上の中堅・中小企業のメインバンクは通常、地方銀行である。銀行の役割は資金仲介のほか、情報仲介の機能が大きい。大企業が中国に進出する場合には、メインバンクであるメガバンクが中国各地の拠点からサポートする。

 しかし、地方銀行をメインバンクとする中堅・中小企業はそうしたサポートを受けることができない。それは、中国において外国銀行の人民元業務取り扱いの認可基準が厳しく、地方銀行が中国での支店開設に踏み切れないためである。

 中国の金融当局がこの規制を緩和し、地方銀行の支店開設を促進すれば、中堅・中小企業にとって強力なサポーターが現れることになる。これは日本企業の中国進出にとって大きな支援材料となる。

 以上が中国経済の中長期的安定を確保するために早期に採用すべき対応策である。 台湾企業の中国離れが時間の問題となった以上、手遅れになる前に有効な対策を明確に打ち出すことが重要である。


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