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2013.08.19

受け継がれる―セレンディピティ

電気新聞「グローバルアイ」2013年8月14日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 参院選挙後の日本経済に関心を抱く海外の友人は少なくない。特に安倍内閣による「第三の矢」、すなわち成長戦略に関する質問が毎日のように筆者のメール・ボックスに届く。

 苦悩する日本の大手家電メーカーの印象が強いせいか、「日本のイノベーション能力が問われている」と語るフランスの友人と、東京のレストランで最近食事をした時の話を読者諸賢にご報告したい。

 フランスのグルメ・ガイド『ミシュラン』が2007年に東京版を発表して賛否両論を招いたが、日本の料理界がその伝統的個性と独創的発想力において世界のトップ水準にあることは周知の事実だ。筆者は友人に対し日本のイノベーション能力について次のように語った--「随分昔の話だが、君の国の偉大な文化人で戦前に駐日大使でもあったポール・クローデルが教えてくれたよ。"未来は良いアイデアを持つ人々に開かれており、フランスと日本にはアイデアを生み出し、それを実現へと導く者の役割が与えられている。かつては日本の芸術を研究することで、フランスの芸術や文学に真の革命がもたらされた。今もフランスの思考の分野に、それを知れば日本人が関心を持つようなことが起こっているのは確かだ"ってね。昔も今も同じだ。以前から存在していた日本料理界のイノベーション能力が世界中でしかも飛躍的に認められたのは、欧州から全世界に視野を広げたガイドブック『ミシュラン』のお蔭だよ」、と。

 往々にして我々は"技術的なイノベーション能力"にとらわれがちだ。しかし、イノベーションは機械等に具現化された技術にとどまらず、"人の技・感性"や制度・組織という"枠組み"等、様々な要素の複合的組み合わせによって、新たに生まれて来ることを忘れてはならない。しかもそこでは「セレンディピティ」と呼ばれる「予期せぬ出会いを通じて輝きを生み出す能力」が重要なのだ。言うまでもなく、グローバル化を推し進める日本にはこの「セレンディピティ」が数多く秘められている。時代を遡れば、明治維新の際、圧倒的な欧米列強の勢いに対して封建制度を脱却した「廃藩置県」という新しい制度を生み出し、また寺子屋教育を発展させて世界に誇るべき「国民皆学」を実現した。こうした理由から筆者は、来たるべき日本の経済社会に、しかも製造業だけでなく農業やサービス業にも、日本独自の「セレンディピティ」が観察され評価される時代が近いと楽観視している。

 冒頭で触れたフランスの友人に対し、彼の国の代表的シェフの一人、オーギュスト・エスコフィエが示した「セレンディピティ」について筆者は次のように伝えた--「エスコフィエは単なる名料理人ではなかったじゃないか。ロンドンのサヴォイ・ホテルでは、フランス語のメニューが読めず、アラカルトでは注文出来ない英国の紳士淑女に対して独創的な"コース・メニュー"を生み出した。またレストラン・リッツでは、御婦人の顔立ちが美しく映るようにと、間接照明を巧みに取り入れて彼女達の人気を集め、大成功を収めた。そして今、日本の料理界が示したように、我が国にはグローバリゼーションという渦巻の中を抜き手で泳ぐ勇気ある人々が、様々な分野に潜んでいる。だからどうぞご心配なく」、と。

 こうして日本の成長戦略を考える時、技術力のみにとらわれず、また英語力だけにとらわれず、我が国が昔から持つ「セレンディピティ」を信じてグローバル化を推進する一人の日本人でありたいと願っている。


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