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2013.03.21

過去の教訓生かす大切さ

電気新聞「グローバルアイ」2013年3月13日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 我々は歴史を忘れるかも知れないが、歴史は我々を忘れない。日本が直面する厳しい現況は、先人が経験した大地震や大津波、そして海外の不幸な歴史に対して、我々が留意しなかった結果だと考える誘惑に駆られてしまう。

 歴史の大切さは何も日本だけにとどまらない。スリーマイル島原子力発電所の事故後にまとめられた大統領委員会(通称、ケメニー委員会)の報告書は、第3番目の事故原因として「事故に関する歴史的教訓が、新指針として明確な形で作業員に伝えられていなかったこと」を挙げている。

 今月下旬、1930年代に世界を震撼させた大恐慌の原因に関して、国際比較を含めて分析したベン・バーナンキ米国連銀(FRB)議長の邦訳本が出版される。翻訳者の1人として出版にかかわった筆者が痛感したことは、理論経済学・計量経済学に加え、世界経済史の重要性であった。各国の指導者が、過去の教訓を生かし、現下の経済的苦境から速やかに脱出する政策を適時・適切に案出することを願っているのは筆者だけではあるまい。

 ところで冒頭述べた言葉は、フォルカー・シュタンツェル駐日ドイツ大使が、2001年に出版された本の中で著した論文の中の言葉―「我々は過去を忘れるかも知れない。しかし、過去は我々を忘れるだろうか?」―に触発されたものだ。大使は、論文の中で過去の話であるはずのナチス・ドイツに対し、今尚くすぶり続ける連合国側の猜疑心にも触れておられる。こう考えると、如何なる国も歴史から逃れることは出来ないことは明白である。

 今週後半、筆者は約半年ぶりに中韓両国を訪れる。両国の親しい友人とグラス片手に語り合うことは大きな喜びである。彼等と話していつも一致する意見は次の通りだ―日中韓三国間には歴史をはじめ複雑に絡み合った関係があり、その関係悪化は、「喉に刺さった魚の小骨」のようにアジア・太平洋地域の平和と繁栄を阻害する。残念ながら、この微妙な問題に対し簡単かつ完璧な解答を導き出す能力を筆者は持ち合わせていない。しかしながら、次世代の日本人に対する筆者の責任を考えた時、「日本の隣国が友好的であるか、それとも敵対的であるか」は極めて重要であり、たとえ微力であってもこの問題に真剣に取り組むことは筆者の務めである。この意味で、筆者は我々だけでなく相手側の感情にも配慮しつつ、歴史観を含めた冷静な対話を深めてゆきたいと思っている。

 ずいぶん昔の話で恐縮だが、中国の或る友人が、国家目標である"和平崛起"や"和諧社会"を筆者に説明しようと試みた時のことである。「ジュン、日本では、"崛起"や"和諧"という単語はあまり馴染みがないと思うけど...」と友人が話し始めた時、筆者は彼の言葉をさえぎった―「いや、知っているよ。吉田松陰が"草莽崛起"を唱え、聖徳太子が制定した憲法の第十五条の中で"上下和諧"を説いている。日本の歴史を紐解けば、中国における成語は大抵、先人が使っているよ」、と。かくして2人は日中関係を巡る歴史の重みと温故知新の大切さを噛みしめた次第だ。

 前述のシュタンツェル大使は、京都大学に留学して日本を「第二のふるさと」と感じ、巧みな日本語でブログを公表されている。日独友好にご努力される大使の姿勢には頭が下がるばかりだ。そして今、日米非戦を願い、74年前にワシントンで客死するまで米国各地で講演し、見事な英語で『日本の外交政策とその目的』を著した斎藤博大使を思い浮かべている。



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