本文へスキップ

2013.01.09

日本~求められる指導者の国際感覚

電気新聞「グローバルアイ」2012年12月26日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 今年も残すところあと6日となった。東北の復興が思うように進展せず、時間だけが空しく過ぎている気がしているのは筆者独りではあるまい。しかも我々が被災者の方々に対し共感と理解の姿勢を失えば、日本全体の将来をも危うくすると考えている。 震災直後の2011年3月21日、ハーバード大学で講演した後、中国の友人達が「東北の人々のマナーに感動しました。寄付の仕方を教えて下さい」と尋ねて来たことが今も忘れられない。またアゼルバイジャン出身の友人は、「故郷には"礼儀正しさは市場(バザール)では売っていない"という諺があります。日本人の気品に感動しました」と言ってくれた。

 確かに国際的にも歴史的にも日本の一般市民のマナーは評価が高い。福島出身の歴史学者、朝河貫一の『入来文書』の本文は、スタンフォード大学のイーサン・シーガル教授がネット上で公開しているが、同書の序文で、朝河は純粋で礼儀正しい日本人の態度を賞讃している。

 現下の日本の政治経済的混乱に関し、米国の友人が次のように語った―日本の一般市民は非常に実力(ケイパビリティ)を具えている。その一方で、日本全体としての能力(アビリティ)が顕われないのは指導者層の責任だ。サイバー空間が危険視されている今、外国語の翻訳をネット上で気軽に行う日本のビジネスマンの国際感覚を疑っている、と。

 かつて倫理学者の和辻哲郎は、著書『鎖国』の中で「国家権力で国を鎖(とざ)し、科学的精神を窒息させ合理的思索を蔑視し、偏狭な狂信に日本民族を巻き込んだ結果が、惨めな敗戦だ」と主張したが、グローバル時代を迎え、指導者層の国際感覚は一層重要になっている。

 現在も同様の警鐘を鳴らす専門家は多い―例えば経済学者で龍谷大学の竹中正治教授は、ネット上のコラム『老いるアジアと老いた日本の「富」争奪戦』の中で「日本の貯蓄が有望な投資に回らず、政府の赤字国債に吸収され、給付されて消費されるだけならば将来の付加価値は増えない」と指摘し、また谷内正太郎元外務次官は、先月末、『日本経済新聞』の記事の中で、「日本は過去になく世界の中での地位が落ちている」と警告した。英国の友人も、「英日両国は共に島国だ。指導者の国際感覚次第で、繁栄を享受する海洋国家となるか、それともジリ貧の孤島となるかが決まる」と語っている。

 本稿を今年最後の海外出張先であるシンガポールで校正しているが、アジアの友人達の眼も日本のリーダーに対して厳しい―日本人は、少数の例外を除き①日本語の同時通訳が無い会議に興味を示さず、たとえ参加しても大抵は黙っており、②日本語の同時通訳付きの会議だけが国際会議だと思っている。また③日本語を話す例外的な外国人としか話さず、④日本人と親しく会話する外国人の意見が世界の支配的意見とは限らない事を知らない、と。

 海外の友人からの批判に対し、ジョークとして落語の「目黒のさんま」を例に説明しているが、"慎重な楽観主義者(コーシャス・オプティミスト)"としての筆者は話の最後を次のように締めくくっている―日本は今、明治維新時と同様、荒波のような世界の中にいる。

 当時も"恐外病"或いは"侮外病"にかかり、"外尊内卑"や"内尊外卑"の思想を抱いた人も多くいた。が、明治天皇は、御製「良きを採り悪しきを捨てて外国に劣らぬ国に為すよしもかな」を通じ、バランス感覚のある国際認識を強調された。現下の危機においても、国際感覚の鋭い若いリーダーが間もなく出現するから楽しみにしていてね、と。

同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

栗原 潤 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

栗原 潤 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

海外情報・ネットワーク その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる