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2012.09.12

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第41号(2012年9月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない。ハーバードにいる一研究者である筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 グローバル化の進展で世界情勢が目まぐるしく変化し、これまで"確かだ"と感じていた現実が一瞬にして"過去のモノ"となる事態が出現した--日本のエレクトロニクス産業然(しか)り、オリンピックでの日本柔道然りだ。かくして現代人は或る意味で毎日不安と隣合わせにして過ごしている。が、我々は不安を感じる一方で、新たな選択肢と希望を見出すことも可能なのだ。オリンピックでの水泳やフェンシング、そして卓球然り、円高を背景とするcross-border M&As然りだ。走馬灯の如く変化するグローバル時代において、自らの意思決定がたとえ間違っても、周囲の人々に頼らず、その結果と非難を甘んじて受け入れられるかどうか。望んだ結果が得られない時、誰かが何とかしてくれると期待するのは、ただの子供でしかない。従って決断に際して注意深く考え、現実的に良い結果と悪い結果を見極めて試行錯誤しながらも前進し、仮に上手くいかなくとも、次には少しでも良い結果をおさめるように努力する。これこそが、現代社会の「大人」に求められる姿勢なのだ。この考えの源となったのは、メンタル・ヘルスの専門家、スーザン・ヴォーゲル女史の『変わりゆく日本の家族--<ザ・プロフェッショナル・ハウスワイフ>から見た日本の50年』(ミネルヴァ書房、2012年7月)だ。著者は、エズラ・ヴォーゲル・ハーバード大学名誉教授の元妻、そしてカリフォルニア大学のスティーヴン・ヴォーゲル教授の母で、名誉教授と共に来日し、以来、長年日本的特質を備えた「専業主婦」を丹念に観察した結果として同書を著された。日本の専業主婦に対する彼女の第一印象は「男性の支配下で一生過ごすなんて、まっぴら」だった。こうして彼女は、当初、日本の妻達が本当は米国女性よりも自立した女性であることに気付かなかったと著書の中で告白している。そして、彼女は次第に日本女性の長所が厳しい社会的制約の中にあっても相手の気持ちを「察する」能力、すなわち「共感(empathy)」出来る人であることを発見する。更には伝統的家族制度も終身雇用制度も消えゆく現代日本のなかで逞しく生きる日本女性に言及している。筆者も、昏迷の中にある日本社会を希望の光で満たすのは、ヴォーゲル女史が示唆した如く、周囲に配慮をしつつも自らの意志を忍耐強く貫徹する--例えば、卓球の「愛ちゃん」やサッカーの「澤選手」のような--日本女性ではないかと期待している。

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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第41号(2012年9月)PDF:478.0 KB

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