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2012.06.22

災害管理-「戦略的統合」必要な研究分野

電気新聞「グローバルアイ」2012年6月20日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 5月中旬、シンガポールで開かれた国際会議(アジア・パブリック・ポリシー・フォーラム)に出席した。「アジアにおける災害管理」と題し、ハーバード大学ケネディ行政大学院とシンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院が共催したこの会議には、アジア諸国の研究者や関係省庁の責任者、更にはNGO等の活動家が集まった。そしてグローバル企業の事業継続計画(BCP)をはじめ、インドやパキスタンにおける自然災害時の援助活動、更には東日本大震災に関しても多面的な討論が実施された。

 この災害管理・危機管理という分野は、実学的性格が強いとともに学際的視点が強調される分野の1つだ。従って学術的にいかに優れた研究であっても、役に立たなければ優雅な「机上の空論」となる。また災害管理は、地理学・地質学や社会学、更には医学や工学等の研究に加え、行政、国防、警察、消防といった分野の実務家の知見も必要とする研究だ。しかも、このうちの或る分野が欠落した研究であったならば、往々にして虚構の「防災計画」を作成する作業に終わってしまう。このように危機管理は、実践を念頭に、可能な限り事前に"ブラック・スワン"(不確実性が極めて高い事象)を「あぶり出す」ため、学際的・多角的なシミュレーションを丹念に繰り返す作業を要求する研究分野の1つである。
 繰り返しになるが、学際的性格の強い災害対策・危機管理は、個別分野の専門家を単純に集めただけでは、砂上楼閣のごとき分厚い危機管理マニュアルを作成するだけに終わってしまう。こうした専門分化の危険性に関し、諸兄姉の多くが知る通り、スペインの哲学者、オルテガが警鐘を鳴らしている。すなわち、学問は自らの進歩のために専門分化という手段を編み出した。が、それは学問自らを専門化したのではなく、研究者を学問の一部分である狭い分野の専門家にしたのだ。その結果、個々の専門分野を学際的に統合して学問全体を俯瞰する学者の誕生を困難にし、近傍の関連分野に関してさえ全くの素人のような専門家を大量に創出してしまった。実学的研究分野において、この奇妙な「素人的専門家」を啓蒙して、狭隘な専門分野から這い出させ、学問全体を進歩させるためには、冒頭で述べたような学際的・国際的会議と、個別の専門知識を統合化するという戦略的視点を持つ専門家が不可欠だ。シンガポールの会議では、ケネディ行政大学院のアーノルド・ホウィットとハーマン・レオナード両教授が、その「戦略的統合」を行う役割を果たしていた。

 両教授を囲み原子力事故について議論した時、或る研究者が筆者に向かい次のように語った。-- ジュン、原子力関係者にとって「フクシマ」は"ブラック・スワン"だったかも知れない。が、長期的視点を重視する地質学者にとっては"ブラック・スワン"ではなかったのだね、と。これに対して筆者は次のように答えた。-- その通りかもしれない。しかし、今は「フクシマ」での貴重な経験を将来に向けていかに生かすかが我々の課題だ。しかも将来の政策がどうなろうと、日本は今後とも優秀な原子力の研究者・技術者を必要としている、と。
 さて、ホウィット教授をはじめハーバードの研究者がこの夏に訪日する予定だが、彼等と①リスク・コミュニケーション問題②危機対応時における権限・情報の集中・分散の問題 -- 等に関して、専門分化の危険性を排除し、戦略的に危機管理を議論することを楽しみにしている。

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