本文へスキップ

2012.04.23

翻訳「頼りすぎ」に潜む危険性

電気新聞「グローバルアイ」2012年4月18日掲載

  • 栗原 潤
  • 研究主幹
    栗原 潤
  • [研究分野]
    米国情報・ネットワーク

 春彼岸では、京都醍醐寺の仲田順和座主のご指導のもと「観音経」を学んだ。座主からは、経典がサンスクリット語から翻訳される過程で生じた変化、そして日本語の語感との微妙な差を教えていただいた。この時、良い指導者について言葉を学ぶことの重要性と独り善がりの危険性を痛感した次第だ。
 さて、先月、韓国で講演を行った。ほとんどが英語であったが、一度だけ日本語で行った。主催者の親切心だと感謝しているが、内容を通訳がどれだけ正確に伝えているのか、筆者も、また通常英語で語り合う韓国の友人も分からない。加えて逐次通訳のため発表時間は実質的に半分の30分となってしまった。自らの稚拙な韓国語に溜息をつくとともに、質疑応答時は大半の質問が英語でなされ、国際共通語としての英語を再認識した出張だった。

 ソウル最後の夜、訪韓中のホルヘ・ドミンゲス副学長を囲むハーバード大学主催の晩餐会に出席した。会場での話題は予期せぬ事に日本人学生の激減であった。ハーバードでの中国人学生は582人、韓国人は289人で、日本人は94人だ。留学生に加え、研修・研究で滞在する人々を勘案すると中韓両国との差は一段と広がる。このため会合に参加した唯一の日本人である筆者に質問が多数飛んで来た。
 質問内容を簡単に紹介すると、①今の日本人は"草食系"が多数派であるため、海外に目を向ける人が少ないのか? ②韓国のような規模の小さな知識社会では、専門知識を持たない著者や翻訳者が横行している。留学生が減少する日本も、狭い視野でしか将来国際情勢を判断できなくなるのでは? ③国際情勢を韓国語情報だけに頼る人は、悪意はないが翻訳されてない情報の存在を認識できない。他方、国際共通語を通じ海外の友人と対話する専門家は、素人の勘違いを指摘する事を忙しさゆえに疎む傾向がある。このため両者が議論する際、話がかみ合わない。日本ではこれが問題にならないのか?

 これに対し筆者は次のように語った。①韓国より広い国の日本には"草食系"と"肉食系"そして"雑食系"が混在する。また日本には美味の神戸牛や米沢牛があり、加えて多くの日本人はプルコギを好んで食べている。このため"肉食系"は、特に日本女性に関する限り不足していない。問題なのは彼らの活用と評価の方法だ②デマゴーグの横行は、日本そして大国の米国でも同じだ。日米通商摩擦が激しかった時代、不正確な知識に基づき「第二次太平洋戦争は不可避だ」や「豆腐(一丁)が千円になる日」というような派手な表題で荒唐無稽な話をする人がいた③話がかみ合わない事態は確かに存在する。が、翻訳を読まないよりは読んだ方が良いと思う。筆者も、韓国や中東の地域情勢に関し、タイミング、カバレッジ、そして正確さに不満が残るものの翻訳だけが頼りだ。ただ筆者の狭い関心領域に関しては原書主義だ。なぜなら翻訳本で読んだ際、著者の誤謬なのか、それとも訳者の誤訳なのかが判断できず、結局は原書に当たる必要に迫られるからだ。
 繰り返しになるが翻訳は大切だ。が、それに頼り過ぎる危険性も認識する必要がある。誤訳としか思えない本も少なくないからだ。韓国語やアラビア語ならば、訳者・読者が限定されるため我慢できようが、英語に関しても「悪訳本」は枚挙にいとまがない。そして今、唐の時代のグローバリゼーションの中で中国語・梵語を学んだ空海の『声字実相義』を再読しつつ、翻訳の効用と限界を考えている。

同シリーズコラム

同シリーズコラムをもっと見る

栗原 潤 その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

栗原 潤 その他コラム・メディア掲載/論文・レポートをもっと見る

海外情報・ネットワーク その他コラム・メディア掲載/論文・レポート

コラム・論文一覧へもどる